「地図バカ」の地図研究家が実践する、ちょっとマニアックなGoogleマップの楽しみ方

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地図バカ

『地図バカ』

著者
今尾恵介 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
歴史・地理/地理
ISBN
9784121508010
発売日
2023/09/07
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「地図バカ」の地図研究家が実践する、ちょっとマニアックなGoogleマップの楽しみ方

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

地図バカ-地図好きの地図好きによる地図好きのための本』(今尾恵介 著、中公新書ラクレ)は、著者が『中央公論』で平成29(2017)年から令和2(2020)年にわたって続いた「地図のある人生」という連載をまとめたもの。

新書化にあたって編集部から『地図バカ』というタイトルを打診されたときには、連載時のしゃれたタイトルから、ずいぶん一変したものだなと感じたといいます。しかしそれでも、著者は「地図バカ」を否定できないようです。

昨年は沖縄復帰と日中国交回復からそれぞれ五〇年の節目であったが、昭和四十七(一九七二)年といえば、私にとっては国土地理院の二万五〇〇〇分の一地形図に出会った記念すべき年である。

それから地形図をひたすら集めては鑑賞する生活を送ってきた。

社会人となってからは仕事のかたわらの趣味であり、「地図専業」で食べていくことができるようになったのは出版社を辞めた三年後の平成六(一九九四)年、『地図の遊び方』(けやき出版)を上梓してからなので、それでもまだ三〇年は経っていない。(「はじめにーー地図はみんなのもの」より)

この記述を確認するだけでも、「地図バカ」っぷりが想像できようというもの。また、これまで“地図界”で多くの本を書いてきた実績をお持ちでもあるため、「地図研究家」「地図の専門家」と呼ばれることが多いようです。それは当然の話だと思えますが、おもしろいのは、「そもそも私は方向音痴である」と明かしている点。

最初にどこかの講座で「私は方向音痴です」とカミングアウトしたら、何人もの受講者が安堵の表情を浮かべたのは印象に残った。

今年でちょうど四〇年所属しているアマチュアオーケストラの新交響楽団の音楽監督だった芥川也寸志さんの信条は「音楽はみんなのもの」であったが、これはとても本質的なものである。(「はじめにーー地図はみんなのもの」より)

つまり音楽がそうであるように、地図もまた「みんなのもの」であるということなのでしょう。そんな考え方を軸として書かれた本書の7章「天災と人災」のなかから、きょうは多くの人にとっての関心事について触れた「グーグルマップをどう使う?」に注目してみたいと思います。

Googleマップなら、北朝鮮までクッキリと

いまや、待ち合わせ場所や宴会場の位置などを知らせる際にグーグルの地図を添付するのは当たり前になっています。実際のところその精度には驚くべきものがあり、著者もこのサービスがスタートしたころから、パソコン画面を航空写真モードにし、世界中を眺めては楽しんでいたのだそうです。

「これをやっていると時間がいくらあっても足りない」という気持ちは、地図バカのみならず、誰しもが共感できるのではないでしょうか? とはいえ著者の傾倒ぶりには、やはり常人を超えたものがあります。なにしろ、こんなところまでチェックしているのですから。

最初の頃は地図も航空写真も縮尺にだいぶ制約があって、ぼんやりとしか見られない場所が多く、詳細が見られるアメリカ合衆国内でもホワイトハウスは建物の一部に目隠しの「色塗り」が施されていたり、連邦議会の議事堂にはモザイクがかかっていたりした。現在ではどちらも丸見えだが、それまでは何らかの「見られては困るもの」が写っていたのだろうか。(220〜221ページより)

意外なのは、それに対して北朝鮮国内は以前からかなりの解像度で閲覧できたということ。『日本鉄道旅行地図帳 朝鮮台湾』(新潮社)の仕事で戦前の朝鮮半島の鉄道路線を調べていた著者にとっては大助かりだったといいます。

社会主義国では地図や航空写真について規制の厳しい国が少なくありませんが、「この国ではグーグルも営業活動をしないだろうから、自由に衛星画像を貼り付けたのだろう」とは著者の推測。(219ページより)

「ストリートビュー」の衝撃と楽しみ方

グーグルマップの航空写真モードを最も拡大すると、視点が上空から地上に降りて「ストリートビュー」が始まります。最初に利用したとき驚かれた方も多いでしょうが、それは著者も同じだったよう。

いずれにしても、「行ったこともない世界中の通りを、歩行者の視点で自室にいながらにして眺められるのだから、そもそもこんな大それたプロジェクトを考え出す発想は尋常でない」という意見には共感せざるを得ません。

プライバシー保護のため表札や顔におおむねボカシは入っているものの、戸建ての家は全部丸見えで、門構えから庭に置かれた自転車やプランターなどなど、詳細がすべて撮影されている。ある時、自宅二階のベランダにいたらすぐ下をグーグルカーが通り過ぎた。その後ストリートビューを閲覧した際、目の当たりにボカシの入ったTシャツ姿の怪しい男がアップされていたのは言うまでもない。(222〜223ページより)

なお日本でグーグルマップの撮影はすでに何巡目かに入っており、画面上の「ストリートビュー○月○年」とある部分をクリックすると撮影年を選べるそう。著者の家は2010年2月、14年4月、15年5月、17年6月、18年6月、19年5月、21年10月、23年1月と8回も撮影されたのだとか(試しに我が家を見てみたら、2009年11月、15年4月、17年10月の3回だけでした。地域などによって差があるようですね)。

これは実際にグーグルの社員の方にお聞きしたことだが、ヒントは東日本大震災の被災地の声だったという。津波で流される前の商店街の様子をボランティアが印刷して地元の人たちに配ったところ好評で、何年かおきに撮影した画像をすべて閲覧可能にした。(223ページより)

最近では街並みの変化を調べるため、これを活用する研究者や学生も増えているそうです。この先さらに50年、100年と続いていけば、まったく前例のない貴重な「街並みアーカイブ」になるわけで、そう考えると将来が楽しみにもなるのでは?

いずれにしても、これほど簡単に世界中のストリートビューが見られる以上、これから行く旅行先をのぞいてみたくなるのも人情かもしれません。しかし、それをやってしまうと楽しみが減るので、著者はつとめて自制しているのだといいます。(222ページより)

「私は地図を読むのが苦手で」「等高線がピンとこない」といった地図への苦手感を表明する人が多いが、見える範囲で地図を眺め、気づいたことを楽しみ、その土地の意外な表情がわかったとすれば、それは十分地図が読めているのではないだろうか。「習うより慣れよ」とはよく言われるが、当然だ。(「はじめにーー地図はみんなのもの」より)

著者はこのようにも述べています。だからこそ難しく考えず、純粋に楽しんでしまえばいいのでしょう。地図に対する著者の思いがぎっしり詰まった本書を確認してみれば、好奇心を刺激されるかもしれません。

Source: 中公新書ラクレ

メディアジーン lifehacker
2023年9月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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