今月のおすすめ文庫「サスペンス」 伊岡瞬が語る、サスペンスの魅力とは? 『残像』発売記念インタビュー

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残像

『残像』

著者
伊岡 瞬 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041137222
発売日
2023/09/22
価格
1,056円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

今月のおすすめ文庫「サスペンス」 伊岡瞬が語る、サスペンスの魅力とは? 『残像』発売記念インタビュー

[文] カドブン

毎号さまざまなテーマをもとに、おすすめの文庫作品を紹介する「今月のおすすめ文庫」。今月は、秋の夜長に読みたいドキドキのサスペンス作品たち!
刑事、スパイ、不妊と夫の浮気に苦しむ妻など、さまざまな主人公たちの物語を紹介。
また、2023年9月22日に最新サスペンス作品『残像』を発売した伊岡瞬さんに、最新作とサスペンスの魅力についてお伺いしました。

取材・選・文:皆川ちか
写真:干川 修

■今月のおすすめサスペンス

■『残像』伊岡 瞬 角川文庫

今月のおすすめ文庫「サスペンス」 伊岡瞬が語る、サスペンスの魅力とは? 『...
今月のおすすめ文庫「サスペンス」 伊岡瞬が語る、サスペンスの魅力とは? 『…

■自分の中にある世界観をすべて注ぎ込んだ――
伊岡瞬が最新サスペンス、『残像』を語る

累計50万部を突破した『代償』など、読んだら二度と忘れられないサスペンス作品の数々を世に送り出している伊岡瞬さん。そんな伊岡さんが、角川文庫の創刊75周年を記念して書き下ろし作品『残像』を発売!
最新作のみどころのほか、影響を受けた作家、そして伊岡さんの作品タイトルに漢字二字が多い理由まで!? じっくりとお話を伺いました。

――角川文庫の創刊75周年を記念して、人気作家陣による文庫書き下ろし企画がスタートしました。第1 弾を飾るのは伊岡瞬さんの『残像』です。序盤で一平が晴子、夏樹、多恵ら3人の女に囲まれる時点ですでに「どういう展開になるのだろう?」と引き込まれました。

伊岡:どの作品もそうなのですが、冒頭は(書くのが)一番難しいですね。この物語にはどの程度の緊迫感がふさわしいか、作者自身が手探り状態なので。序盤からいきなり飛ばすか、それとも少しずつ緊張感を高めていくのがいいのかなど、毎回悩むところです。今作はのんびりめのテンポにしました。

――のんびりとしたテンポは、一平のお人好しの性格とも合ってますね。

伊岡:僕の小説の主人公は、どうも気弱で頼りない男が多いんです(苦笑)。また、そういう人物は巻き込まれ型ミステリーと相性がよくて。彼を巻き込む3人の女は年齢も背景も、犯した罪もさまざまにしてみました。

――晴子は元結婚詐欺師で、夏樹は何人もの少年に大怪我を負わせた過去があり、多恵は傷害罪の前科があります。彼女たちに甲斐甲斐しく世話をされている葛城は何者なのか? 加えて共同生活のメンバーには小学生の男の子までいて、これはもしや犯罪か新興宗教的なグループではないかと一平は疑います。

伊岡:一平の視点に沿って書いていくと、自然と不穏さがでてきました。僕のサスペンスの手法は、上から登場人物たちを見下ろして書くのではなく、彼らの横から実況する感じで書いています。この人は敵なのか味方なのか、主人公が分からない以上は先まわりして書きません。

――伊岡サスペンスといえば悪役の強烈さも魅力のひとつです。本作のヒールにあたる恭一は、大物政治家を父に持つ、“上級国民”を地でいくような人物です。

伊岡:悪役というより「クズ」ですよね……。今まで悪い人間はけっこう書いてきましたが、今回は徹底したクズを作ってみようと考えました。

――代表作『代償』(注1)の悪役像に勝るとも劣らない、いえ、憎たらしさでいうと恭一はそれ以上です。どうやったらこんな悪役やクズを生みだせるのでしょうか?

伊岡:悪役を設定する際に大切にしているのは、完全無欠のスーパーマンにはしないことです。『代償』の達也も相当な悪人でしたが、いわゆるサイコパスといった特殊な属性にはしませんでした。もしかしたら自分の周囲にもこんな人がいるかもしれない……と感じられるような現実的な悪人といいますか。なぜこんな悪辣な人間になったのか、その背景も含めて書くようにしています。

――恭一の背景も詳細に描かれていますね。これは捻じ曲がってしまうのも仕方がないかな……という家庭環境で。クズではあるのですが、ちょっぴり同情してしまう。

伊岡:生まれながらの悪人なんて、そうそういないと思うんです。人間は環境によって形づくられるから。そういう意味で一平と恭一は対になる存在としています。親との関係や生育環境、物語の中で果たす役割も含めて、対照的な者同士が対決します。

――強烈な悪役がいる一方で、伊岡さんの作品には時おり、信じがたいほど優しい人たちがでてきます。初期作『瑠璃の雫』の元検事とスナック経営の女性や、『代償』で主人公に手を差し伸べる夫妻。本作の某人物もそうですね。こういった人びとの存在が、過酷な物語に救いをもたらしています。

伊岡:人生と同様に物語にも救いが必要なんじゃないかと思って、そういうのをやはり入れたくなるんですね。但し、善人こそ噓くさくならないようにしなければ、とも。書いていて「そんないいやつ、おらんやろ」と、自分でツッコんでしまったら書き直します。こんないい人、ひょっとしてひょっとしたらいるかもしれない……というぎりぎりの塩梅で留めるようにしています。その度間合いが難しい。

――悪人も善人も、もしかしたらこういう人がいるかもしれない、という点がポイントなのですね。サスペンスを書くうえで他に意識していることはありますか?

伊岡:リーダビリティは大切にしています。途中で飽きられないためにも、もうちょっと続きが読みたい、と読者の方が感じるであろうタイミングで敢えて章を終わらせる、といった工夫をしています。お手本にしているのは少年マンガ誌なんです。少年マンガって毎回、一番気になるところで「次号に続く」となってますよね。読者の興味を引っ張ったまま次へと持ち越す見せ方、描き方が実に巧みで参考になります。その他にはそうですね……ちょっと例を出しましょうか。
女の子が両親と散歩をしています。草むらに何かがあるのを見つけて「あっ」と驚きます。何を見つけたと思いますか?

――見つけて驚くもの……人の手首、とか? 高級そうな財布。それとも未投函の封筒……?

伊岡:なるほど。僕だったら、ぼろぼろにちぎれたぬいぐるみにします。それも、その女の子が「お留守番していてね」と自宅に置いてきたはずの、お気に入りのぬいぐるみに。

――怖い! つまり何者かが、一家が出かけたあとで家へ侵入して、ぬいぐるみを盗んだことに……そして散歩ルートを把握したうえで先まわりして捨てたことになりますね。

伊岡:そう。単なるぬいぐるみではなく、女の子が大切にしているぬいぐるみ、というのが重要です。そうすることで、その子が主人公になる必然性が生まれます。いつもこんなことばかり考えてるんですよ(笑)。

――ちなみに、影響を受けたミステリー作家は?

伊岡:ミステリーよりハードボイルドの方が好きでして。特にリーダビリティという点ではディック・フランシスに学んだところが大きく、たぶん全作読んでいます。僕の作品タイトルに漢字二字が多いのはフランシスの影響です。おススメは『大穴』とその続編の『利腕』(注2)。素晴らしいです。

――先の読めないサスペンス小説であり、人間ドラマでも家族ものでも、主人公の成長物語でもある本作ですが、込めた思いをお聞かせください。

伊岡:角川文庫75周年という記念すべき区切りであり、個人的にはデビュー20作品目にあたります。どこまで成功するかはともかく、自作の中でもっとも読みごたえのある作品にしようと思い、自分の中にある世界観をすべて注ぎ込みました。手にとっていただけたら幸甚です。

注1:
『代償』角川文庫
小学生・圭輔の平穏な日常は、遠縁で同学年の達也と出会ったことで一変。両親を火事で喪い、達也宅に引き取られ虐待の限りを尽くされる。そんな環境をサバイブし弁護士となった圭輔の元に、殺人事件の容疑者となった達也から弁護依頼の手紙が届く――。累計50万部超えの伊岡サスペンスの代表作。

注2:
『大穴』『利腕』
落馬事故で騎手生命を絶たれ、競馬専門調査員となるも鬱々とした日々を過ごすハレー。さる競馬場乗っ取り計画について調べるうち、くすぶっていた彼の心に再び火がつく――。騎手から作家に転身し、「競馬ミステリー」ジャンルを打ち立てたディック・フランシスの人気シリーズ。

■プロフィール

伊岡瞬(いおか・しゅん)
1960年東京都生まれ。広告会社に勤務する傍ら書いた『いつか、虹の向こうへ』が2005年、第25回横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をW受賞。16年に『代償』で第10回啓文堂書店文庫大賞を受賞。『悪寒』『本性』『仮面』など著書多数。23年11月30日に単行本『清算』をKADOKAWAより発売予定。
◆伊岡瞬 特設サイト https://kadobun.jp/special/ioka-shun/

KADOKAWA カドブン
2023年10月11日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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