『戦国・江戸 ポンコツ列伝』(集英社文庫)の刊行に寄せて 愛すべきポンコツたち

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戦国・江戸 ポンコツ列伝

『戦国・江戸 ポンコツ列伝』

著者
吉川 永青 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087445817
発売日
2023/10/20
価格
825円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『戦国・江戸 ポンコツ列伝』(集英社文庫)の刊行に寄せて 愛すべきポンコツたち

[レビュアー] 吉川永青(小説家)

愛すべきポンコツたち

 三年近く前になるが、岡左内(おかさない)という武将の物語を書いた。この人物は初め蒲生氏郷(がもううじさと)に仕え、氏郷の転封に従って会津に入った。氏郷死後に蒲生家が宇都宮へ転封されると、後任の会津国主となった上杉景勝(うえすぎかげかつ)に仕えている。
 さてこの岡左内、当時の武士には珍しく利殖に長(た)けた男で、かなりの財を築いたらしい。加えて、蓄財にまつわる趣味がまた振るっている。貯めた金を部屋に敷き詰め、その上を裸で転げ回って喜んでいたというのだから相当の変人だ。
 しかし、ただの変人ではなかった。
 関ヶ原の戦いに際し、奥羽でも東軍方と西軍方に分かれて「慶長出羽合戦」と呼ばれる戦いが繰り広げられていた。上杉家は西軍方である。そもそも徳川家康の会津征伐が関ヶ原の契機となったのだから、これは当然の成り行きであろう。
 この戦いの折、左内は自らの財を皆に貸し付けて上杉の戦を支えた。しかも戦後、貸し付けた証文の全てを燃やし、びた一文取り立てようとしなかったという。稀に見る変人、しかし胸のすく稀代の快男児であった。
 こういう痛快な人の物語を、もっと書けないだろうか。そう思った私は、仕事の合間に片っ端から調べ上げるようになった。
 ところが掘り出されてきたのは痛快な人ではなく、ただの変人、偏屈の山だった。左内のような快男児は、残念ながらそう幾人もいないらしい。それに比して、日本史の記録に残されたポンコツ人間の何と多いことか。変人、偏屈、また変人。こっちは奇人、あっちは残念すぎる人。英傑と目される人物にも、相当に残念なエピソードが残されていたりする。
 などと見続けているうち、不思議なことにそういうポンコツたちが慕わしく思えてきた。それは、誰もが生々しい人間だったからだ。お釈迦様が「人間は愚かさに於いて平等だ」と仰せられているとおり、世に完璧な人などいないのである。欠点があってこそ親しみも湧く、欠点まで含めて愛すべき存在、人とはそういうものではないだろうか。
 余談だが、お釈迦様にも有名なポンコツエピソードがある。修行に没頭したいと思っていた折、息子の誕生を聞いて言った言葉が息子の名となった。その名はラーフラ。障碍(しようがい)の意だ。情や愛着も煩悩のうちだろうが、それにしても。
 それはさて置き。
 ポンコツたちへの見方が変わってゆくほどに、それらの人々と私のパーソナリティに共通するものが分かるようになってきた。
 この人の、この考え方。俺と同じだよ。
 あの人が世に背いたのは、俺が漠然と抱えている不満と根っこが同じかも知れない。
 この人が破天荒な生き方をしたのは、実は俺と同じものを重んじていたからだったのか。
 いやはや、重なるところが結構多い。そうかと思うと、私とは似ても似つかないタイプの人物も多かった。いずれにせよ、どの人物にも微笑(ほほえ)ましい人間臭さがあり、間違いなく生きた人間だったのだと頷けるものがあった。
 そうした人々から、今回の『戦国・江戸 ポンコツ列伝』では八人を取り上げた。
 旗本から身を持ち崩して堕落したが、最後にはどこか悟りを開いたかに見える松廼家露八(まつのやろはち)。ある種、羨ましい自由人である。
 徳川家康は何かと言えば「腹を切る」と口走った。大坂の陣で真田信繁(さなだのぶしげ)(幸村)の突撃を受けた時が夙(つと)に知られているが、実はその一度きりではない。
 同じ切腹絡みでも、臆病ゆえに逃げ回った森川若狭(わかさ)。無名な人物だが、この一件については新井白石(はくせき)が『藩翰譜(はんかんふ)』に書き残しているように、当時としては大問題だった。
 奥羽の雄・伊達政宗は、実は破天荒の代表格である。この人は刀に纏(まつ)わる残念なエピソードが幾つもあって、これが面白い。
 天愚孔平(てんぐこうへい)を名乗った儒者・萩野鳩谷(はぎのきゆうこく)、兎鹿斎(とろくさい)先生こと漢学者・中島棕隠(そういん)の二人は、それぞれタイプの異なる仙人と言えるだろうか。
 小田氏治(うじはる)は自らの居城を七度も落とされながら、最後まで家臣領民に慕われ続けた。そこには愛すべき何かが隠れていたはずだ。
 ともすれば「信長の弟なのに」と言われがちな織田有楽(うらく)にしても、そのポンコツぶりには通底した信念が隠れていたのかも知れない。
 などなど、あれこれ思いを巡らせながら物語にしたためた。八人のポンコツたちの、人間としての魅力を伝えられたら幸甚である。
 なお物語である以上、史実を曲げない範囲で虚構、嘘が練り込まれている。それも今回は普段と違い、ポンコツぶりを際立たせるための嘘だ。主人公に据えた人々の御霊にはまことに申し訳ないが、小説家は「嘘をつくのが仕事です」というポンコツなので、何とぞご容赦願いたいところである。

吉川永青
よしかわ・ながはる●作家。
1968年東京都生まれ。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞、翌年同作でデビュー。著書に『闘鬼 斎藤一』(野村胡堂文学賞)『高く翔べ 快商・紀伊國屋文左衛門』(日本歴史時代作家協会賞作品賞)『家康が最も恐れた男たち』等。

青春と読書
2023年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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