『わたしに会いたい』西加奈子著

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『わたしに会いたい』西加奈子著

[レビュアー] 辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大教授)

病・老い 変わる身体受容

 大勢の読者の共感を呼んできた著者は、新たなフロンティアを求め家族と共にカナダのバンクーバーに移り住み、仕事、子育て、趣味に精を出し、良き友人にも恵まれる。

 が、試練は思わぬかたちで訪れる。異国の地で乳がんを宣告され、「まさか私が」と思いながらも日記をつけ始める。

 その日記や小説の言葉も引用しながら、ユーモラスに語られる闘病記『くもをさがす』は、ストレートに心に響く1冊だ。

 今月刊行された著者最新の短編集『わたしに会いたい』の収録作品には、その闘病生活中に書かれたものも少なくない。

 文芸誌の私小説特集で発表された「Crazy In Love」の語り手で、がん治療中の私=一戸ふみえは、自分の経験を元にした小説を書く際には「出来る限り登場人物と距離を取ろうとする」と語る。「自画像のように輪郭を正確に縁取り、線を逃さないようにする作業とは逆で、輪郭をぼかし、線を崩す」のだと。

 この「距離を取る」ための工夫は短編集の他の作品でも窺(うかが)える。乳房の切断手術を受けたグラビアアイドルから「あなた」の身体を脅かすがん細胞まで多様なレンズが見事に用いられる。

 妊娠、病、老いなどによる身体への変化を受け、主人公の女性たちは周囲からの厳しい視線や心ない言葉に晒(さら)される。が、その多くは新たな自分のかたちを前向きに受け入れ、さまざまな表現方法で他者と共有する道を選ぶ。

 『くもをさがす』で術後に「身体的な特徴で、自分のジェンダーや、自分が何者であるかを他者に決められる謂(いわ)れはない」と語った著者と、これらの小説を重ねて読む必要は必ずしもない。前述の作中の小説家・一戸ふみえも「事実」と「小説内の真実」の区別を大切にしている。

 だが、個人的にはどちらか1冊を選ぶことはできない。やはり2冊とも読んでほしい。読後、自分の中に何らかの変化が生じるはずだから。(集英社、1540円)

読売新聞
2023年11月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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