『続きと始まり』柴崎友香著

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続きと始まり

『続きと始まり』

著者
柴崎 友香 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718560
発売日
2023/12/05
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『続きと始まり』柴崎友香著

[レビュアー] 辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大教授)

コロナ禍 3人の視点で

 時の流れを早く感じたり、逆に遅く感じたり。目の前のことしか考えられなくなったり、過去が押し寄せてきたり。多くの人がコロナ禍で時間感覚が変わり、戸惑いを覚えているという。

 昨年の春から今年の春にかけて文芸誌に連載された本作では、2020年3月から22年2月までのコロナ下の日常が描かれているが、まだ先行きが不透明な中、小説を通して近過去を考察し、書き残そうと試みた意欲作だ。

 夫の故郷で子育てをしながらパートで働く石原優子。18歳で上京し、調理の仕事で生計を立てている小坂圭太郎。フリーで写真を撮りながら、知人の小さな写真館でポートレート撮影もしている東京生まれの柳本れい。仕事や家庭事情が異なる3人の視点がゆるやかに重なり、小説世界に奥行きを与え、時間の歪(ゆが)みも捉える。

 緊急事態宣言や東京オリンピックなどに関する目の前の情報に翻弄(ほんろう)されながら、3人は過去の震災などにも記憶を巡らせ、その不安定さを実感する。同時に、過去の個人的経験もそれぞれの生活に影を落としている。前世代から何を継承し、次世代に何を継承するか。何を記憶し、何を整理し、何を手放すべきか。日常の小さな選択の積み重ねが大きな意味を成してくる。

 必ずしも生活に余裕があるわけではない3人だが、それぞれの「創作活動」へのささやかな意欲も保ち続けている。優子も圭太郎も「デザイナー」や「料理家」を名乗ることはないかもしれない。賞を受賞した経験もある「写真家」のれいでさえ、好きな写真ばかり撮れているわけではない。それでも何かを作ったり、創作物に触れたりする喜びを完全に手放すことはない。

 作中で3人をつなげるのはポーランドの詩人の1冊の詩集だが、本書も見えないところで読者をつなげてくれるような言葉に満ちている。本を閉じてからも記憶のどこかに刻まれた言葉や感情が、私たちの中に流れる時間をより豊かなものにしてくれるに違いない。(集英社、1980円)

読売新聞
2023年12月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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