めくるめく輪廻の尻尾に触れたナオさん スズキナオ『思い出せない思い出たちが僕らを 家族にしてくれる』

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思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる

『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』

著者
スズキ ナオ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103553618
発売日
2023/11/16
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

めくるめく輪廻の尻尾に触れたナオさん

[レビュアー] 齋藤陽道(写真家)

齋藤陽道・評「めくるめく輪廻の尻尾に触れたナオさん」

 書評の依頼を頂いたときは、スズキナオさんの名前を存じ上げなかった。どんな本を出している方だろうと検索にかけてみれば、「デイリーポータルZ」の記事がまずヒットした。「あっ、この記事、読んだことある。めちゃくちゃおもしろかったなあ。あら、これも。あれも。あれれ、これもナオさんか!」。

 ネットにあがっているナオさんのほとんどの記事を読んでいたことがわかった。しかも記事で紹介しているお店へ足を運んだこともあった(今はなき名店『福寿』である)。なんのことはない、僕はすでに名ライター、スズキナオさんの手のひらで踊らされていたのだ。

 ナオさんの初の単著である『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』も読まなきゃなあと思いながら赴いた旅先にて訪れた唯一の本屋で、偶然、出会うことができた。これも未知の世界をみんなへとやわらかくつなげてくれるナオさんによる祝福だろうか。

『深夜高速バスに…』は、暮らしに密着した小さな、でも、その土地の歴史を担っている大切なお店や人をめぐっていく。様々な土地での、様々な出会いによる人間のぬくもりを、しっかとすくいあげるナオさんの人柄にどっぷり浸かることができる愛おしい本であった。

 本書『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』もまた未知の街を訪れたナオさんが、様々な人との語らいをまとめたものかなあと思っていた。けれどその想像は、切なく、温かく、裏切られることになった。

 東京生まれのナオさんは、結婚して大阪へ引っ越した。妻さんと二人の子どもがいる。コロナ禍をきっかけに、両親や子どもたち、いとこ、親戚といった「家族」をテーマにして書いたエッセイである。

 親から受け継いだ思い入れのあるもんじゃ焼きやカレー鍋を、いつか家を出ていった子どもたちがそれぞれの場所で作りあげる想像をするナオさん。

 思いがけない別れと、あたたかな臨終の場から立ち上がってくる義父の人柄。うかつなケガをして動けなくなったナオさんをソリでひく、いとこたち。夜通しで歌った祖父の圧倒的な描写。

「目の前にいる人の、いずれ来るであろう死ですら笑ってしまえるようなシニカルなユーモアが私にはたまらなく魅力的に思えた」

 特に、夢にまで見るほど大好きな祖母の存在を伝える「祖母のかけらを拾い集める」の章は、大切な人がいなくなることの悲しさと、それでも継がれてゆく人間の想いの深みを伝えている。

「死の悲しみは乗り越えるべきものではなく、ずっと身近にあり、それとともに生きていくべきものなのかもしれない」

 妻、子どもたち、妹たち、両親、祖父母、義父母、次男が大切にしていたぬいぐるみのかめきち、十九年間生きた猫のモモ……。

「私」という人間は、「私」ひとりで出来上がるものではなかった。そんなのは当たり前のことのようで、でもやっぱり当たり前なんかではなかった。

 出会い、語らい、ときに酒を飲み交わし、時間を共にしたあまたの存在のカケラを少しずつ貰い受けることによって、「私」が出来ていた。そしてナオさん自身も、自分のカケラがやがて誰かへと継がれていくことを予感する。

 めくるめく輪廻の尻尾に触れたナオさんは、その凄みに立ちすくんだのだろう。途方に暮れながら、ナオさんは家族を通して自分を培った大切なカケラたちをことばにしていった。そうして本書は生まれたのではなかろうか。

「何かを失った時、失いかけた時、『今度こそ大切にして、決して手放すまい』と強く思うくせに、いつも私はいともたやすく忘れてしまう。四十年ちょっと生きてきて、大事な人が病気になったり、事故にあったりしてあっという間にいなくなってしまう経験を重ねてきたはずなのに、ずっと、うかつなままだ」

 ネットで読むことのできる記事から本書に至るまで、ナオさんは見過ごされがちな小さな存在に心を傾けることを怠らない。だから、すこんと忘れてしまううかつな自分自身への悔いもごまかさない。

 抗いようもなく流されて、すべてのものを変えゆく時の流れの無慈悲を、それでもなおナオさんは慈しむ。

 最終章を読んで、ぼくも大切な人たちとフェリーにのるようなちょっとした旅をして、ゲームコーナーもあるようなちょっとしたホテルに泊まって、みんなで乾杯をしたくなった。よし、計画をたてよう。そんなふうに、自分の「家族」をも見つめなおしたくなる慈愛に満ちた本である。

新潮社 波
2023年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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