『スーツアクターの矜恃』鈴木美潮著

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スーツアクターの矜恃

『スーツアクターの矜恃』

著者
鈴木 美潮 [著]
出版社
集英社インターナショナル
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784797674361
発売日
2023/09/26
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『スーツアクターの矜恃』鈴木美潮著

[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)

「中の人」日本文化を体現

 なじみのないジャンルの本であっても、読んでしまったが最後、紹介せずにはいられなくなることがある。読書委員の任期の最後ぐらい自分の専門分野の本で締めくくろうと考えていたが、あろうことか本書に出会ってしまった。

 これはヒーローや怪人の「中の人」として特撮作品を陰で支えるスーツアクターについて論じる本だが、情報量の豊富さもさることながら、一種の日本文化論でもあるところに惹(ひ)かれた。たとえば海外で人気の『パワーレンジャー』シリーズでは、スーツアクターを日本から呼び寄せているという。理由は、日本の役者でないとヒーローらしい動きができないから。「日本のヒーローの立ち回りのベースには時代劇、さらに元をたどれば歌舞伎がある」との記述に、思わず膝を叩(たた)いた。仮面ライダーの変身ポーズも、アクションを担当した大野剣友会が、二刀流と日本舞踊の動きを取り入れて完成させたという。

 特撮の黎明(れいめい)期は前例がないため、スーツアクターが自らヒーローや怪獣の演技を考案し練り上げていった。ゴジラを演じた中島春雄さんは、上野動物園に通ってゾウやクマの動きを研究した。古谷敏さんは、ウルトラマンが自分からはいっさい攻撃しないことを表現するため、少し腰の引けた構えを採用した。仮面ライダーの藤岡弘、さんも、日本のヒーローには惻隠(そくいん)の情や犠牲的精神が集約されていると話す。

 スーツや面をまとって芝居をするときの視野の狭さ、苦しさは想像を絶する。スーツアクターたちは危険と隣り合わせの環境で、誇りと情熱を持って作品を作り上げてきた。「どんなにデジタル化が進んでも、結局のところ、人の心を動かすのは、人間の必死な姿なのではないか」「ことさらに自己を顕示することなく真摯(しんし)にヒーローという役に向き合い、没入して演じたスーツアクターたちの存在に、もう少しだけ目が向けられたら」という著者の思いが、ぜひとも多くの人に届いてほしい。(集英社インターナショナル、1980円)

読売新聞
2023年12月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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