中川翔子さんが喫茶店を紹介するテレビ番組がきっかけで生まれた物語。著者・内山純が制作秘話を語る

インタビュー

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レトロ喫茶おおどけい

『レトロ喫茶おおどけい』

著者
内山 純 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575526844
発売日
2023/08/08
価格
770円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

阿佐ヶ谷のレトロ喫茶gionで構想が浮かんだ、過去と現在をつなぐ小説『レトロ喫茶おおどけい』著者・内山純インタビュー

[文] 双葉社


内山純氏

 東中野の商店街にひっそりと店を構える〈喫茶おおどけい〉。昭和レトロな喫茶店には元気で優しい老店主ハツ子と物静かな孫のハヤテが待っていて、今日も悩みごとを抱えたお客さんが訪れる。2人の温かな接客に後押しされて悩みを打ち明けると、店の大時計が鐘の音を響かせ、店内の時が昭和時代へ巻き戻る──。そんな懐かしくもほっとできる、少し不思議な小説『レトロ喫茶おおどけい』。最初の構想を思いついたという所縁ある喫茶店で撮影しながら、本作の執筆の背景を著者の内山純さんにうかがった。

撮影=川しまゆうこ 撮影協力=gion

***

■今作の構想中に『大きな古時計』という曲をたまたま聴き、「レトロな喫茶店に大きな置時計があったらステキだな」と閃きました。

──最初に自己紹介をお願い致します。

内山純(以下=内山):小学校の図書室で『怪盗ルパン』シリーズを夢中で読んで以来、翻訳物を中心にミステリ、SF、クロニクル、歴史小説などを愛読してきました。一番好きなミステリはアイザック・アシモフ氏の『黒後家蜘蛛の会』、一番怖かったのは貴志祐介氏の『黒い家』、一番読み返しているのはジェフリー・アーチャー氏の『ロスノフスキ家の娘』です。

 長らくごく普通の読者でしたが、40代半ばから小説を書き出し、51歳で第24回鮎川哲也賞を受賞して『Bハナブサへようこそ』(文庫化で『ビリヤード・ハナブサへようこそ』へ改題)で作家デビューしました。都内在住です。

──『レトロ喫茶おおどけい』は東中野にあるレトロな喫茶店を舞台に、店主ハツ子と悩めるお客さんの交流を描いたハートフルストーリーです。どのような経緯で生まれたのでしょうか。

内山:発端は、タレントの中川翔子さんが中野の喫茶店を紹介するテレビ番組を見たことです。「昭和レトロカフェっていいね!」と担当編集者さんと盛り上がり、阿佐ヶ谷の有名な喫茶店「gion」(本記事の写真撮影場所)を訪れました。フォトジェニックな店内、かわいいクリームソーダ、お客さんたちの笑顔に触れ、「こんな場所を舞台にした、心あたたまる物語が描きたい!」と構想がもくもくと……。

 ただ、私は『土曜はカフェ・チボリで』(東京創元社)というミステリ連作短編で“高校生店主がもてなす、土曜日しか営業していない広大な庭のあるカフェ”というかなり変わった設定を作ったので、今回も普通の設定では物足りないなあと……。


撮影協力=gion

──普通の設定ではない、ということから「タイムトラベル」というSFの要素が出てきたのですか?

内山:一昨年刊行させていただいた『みちびきの変奏曲』(集英社)は、若手ピアニスト角野隼斗さんの『きらきら星変奏曲』に触発されて書いたのですが、今作の構想中に、彼のアルバムに収録されている『大きな古時計』という有名な曲をたまたま聴き、「レトロな喫茶店に大きな置時計があったらステキだな」と閃きました。

 この曲について調べてみると、昭和15年に同じメロディーで『お祖父さんの時計』というレコードが出されていたのです。ジャジーで軽快でちょっと不思議。今聞いても斬新です。蓄音機から音楽が流れる店内でレトロメニューをオーダーすると、大時計が不思議な鐘の音を鳴らし、どこか別の世界に行ってしまいそう。例えば昭和の時代に──。そんなイメージが浮かび、今回のファンタジックな設定が出来上がりました。

 蛇足ですが、今作の挿入歌とも言える昭和初期の和製ジャズ5曲はYouTubeでも聞くことができますので、ぜひ読書のBGMになさってください。

■ふと自分を俯瞰してみると、前に進む手段や救いの手が意外と身近にあるかもしれない。

──本作は店主ハツ子(88歳!)と孫のハヤテのコンビが、各話に登場するお客さんの悩みを少し軽くしてくれるといった物語ですが、おばあちゃんと孫を軸にしようと思ったきっかけを教えてください。

内山:私、お年寄りを描くのが好きなんですよね。これまでの作品にも少々頑固だったり我儘だったりするけれど味のある高齢者をたびたび登場させてきましたが、今回はストレートに「激動の時代を生き抜いてきた元気溌剌な高齢女性」を主役に抜擢しよう、と決めました。

 彼女が熱い人物なので、“イケメンで一見クールな孫息子”をもう一人の主役に据えてみたところ、楽しい掛け合いが生まれました。ただ、不思議なんですが、書き進むうちに、この物語の真の主役は「大時計」だとわかってきました。今作は“小さな人情物語”であると同時に“壮大な純愛物語”でもあると、書き終わってから気づきました。

──5話仕立てで、それぞれ悩みごとを抱えたお客さんが登場します。どのように人物や悩みを設定していったのでしょうか? また、そのお客さんも、変化に弱い会社員女性、バイオリン奏者を志す小4の少年、何事も諦めがちな大学生など、バラエティ豊かです。特別に思い入れのある人物は、いましたか?

内山:それなりに長く生きてきましたので、異なる年代の人物設定や悩みはいろいろと浮かびます。今回は10~50代の各年代から、その世代ならではの悩みを描いてみました。育児に悩む30代女性、介護に翻弄される50代女性の話は実体験も入っていて、特に愛おしいです。赤ちゃんって、「早く寝ろ」と念じれば念じるほど寝ないのはなぜなんでしょうね(笑)。

 人って、その瞬間は目の前の苦しみしか見えていなくて、なかなか助けを求められない。でも、ふと自分を俯瞰してみると、前に進む手段や救いの手が意外と身近にあるかもしれない……そんなことに気づいていただくきっかけに、今作がなってくれたら嬉しいです。

──美味しそうな〈喫茶おおどけい〉のお料理や飲み物も読みどころの一つです。登場させるメニューはどのように選んだのでしょうか?


撮影協力=gion

内山:昭和世代の私にとって、子供のころの外食は特別なイベントであり、レトロメニューは今も心躍るトキメキの料理や飲み物です。たくさんあって選ぶのが大変でしたが、スイーツ、食事、飲み物と、バランスよく配置することを心がけました。

 ただ「クリームソーダは絶対に出そう!」と最初に決めていましたが(笑)。表紙にも「緑のクリームソーダを描いてほしい」と担当編集者さんに無理を言ったところ、装丁事務所のアルビレオさん、イラストレーターのMIKEMORIさんが大変ステキなカバーを造ってくださいました。美味しそうで愛らしくて、本当に嬉しいです。

──今後書きたい題材や抱負があればお聞かせください。

内山:私は性善説派なので、「現実にはこんないい人いないでしょ」という人間をこれからも描いていきたいです。せめて物語の中では理不尽な世界を否定しておきたいなあ、と。

 題材としては、今は「紅茶」にすごく興味があり、幸いなことに「アフタヌーンティー」をテーマにした作品を角川文庫で執筆させていただいています。紅茶の蘊蓄やことわざなど、書いていても楽しい内容が満載ですので、ご興味おありの方はご期待ください。他には「月のパワー」「アロマ」「ビール」「地域の歴史」など、広く浅くアンテナを張っています。

 ***

内山純(うちやま・じゅん)プロフィール
1963年神奈川県生まれ。立教大学卒。2014年『B(ビリヤード)ハナブサへようこそ』で第24回鮎川哲也賞を受賞しデビュー(後に『ビリヤード・ハナブサへようこそ』と改題して文庫化)。彩り鮮やかな人物造形と心地良い読後感が魅力的な新鋭。他の著書に『土曜はカフェ・チボリで』『新宿なぞとき不動産』『みちびきの変奏曲』がある。

COLORFUL
2023年8月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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