『警官の酒場』
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佐々木譲の世界
[文] 角川春樹事務所
二〇〇四年の『笑う警官』から始まった佐々木譲の道警シリーズが最新刊『警官の酒場』でシーズン1の完結を迎える。二十年にわたり綴られたこのシリーズの生みの親と言えるのが、角川春樹である。
――〈マルティン・ベック〉シリーズのような警察小説を――。
この言葉に込められた思いとはどんなものだったのか。また、初めての警察小説の依頼をどのように受け止めたのか。『警官の酒場』というタイトルが決定した両者による特別対談でこれまでの歩みを振り返る。
◆大ヒットシリーズ誕生は、思いがけない一言からだった
――『笑う警官』(『うたう警官』改題)から始まった道警シリーズが、最新刊『警官の酒場』でシーズン1の完結を迎えます。作品はシーズン2へと引き継がれると伺っていますが、二十年続いた物語をいったん終幕させた今のお気持ちをお聞かせください。
佐々木譲(以下、佐々木) この作品をシーズン1の最後にすることは決めていたので、これまで小出しにしてきたいろいろな問題にすべて決着をつけようと思い、書き上げました。それぞれの個人史としても区切りがつけられたのではないかと思っています。
角川春樹(以下、角川) まさにその通りで、主人公の佐伯宏一だけでなく、津久井卓、小島百合、新宮昌樹という主要な人物たちが積み上げてきた歴史をはっきりと読み取ることができた。シーズン1の完結として見事だと思う。それだけに、この十一作目の重みを感じているところです。
佐々木 ありがとうございます。
角川 ここに至るまで二十年か。そこは予想外に時間が掛かったが(笑)。そもそも私が最初に提案したのは日露戦争を舞台としたスパイものでしたよね。でもこれ、お断りなさった。
佐々木 取り掛かろうとしてはみたものの、どうにも構想がまとまらず、私には無理ですとお伝えするしかありませんでした。
角川 代わりに何にしましょうかとなって挙げたのが、スウェーデンの夫婦作家であるマイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーの〈マルティン・ベック〉シリーズだった。こういう感じの警察小説はどうですかと。すると、「それを書かせていただけるんですか」と返ってきた。非常に印象的な言葉でしたね。
佐々木 リアルタイムで読んでいた大好きなシリーズのタイトルが出てきて、嬉しさのあまり、そう言ってしまいました(笑)。
――〈マルティン・ベック〉シリーズを挙げられたのは、どんなお考えからだったのでしょう。
角川 私はペーパーバックでこのシリーズを読んでいた頃から、いつかこのような警察小説を手掛けたいと思っていた。ずっとその時期を狙っていたんだが、警察小説のブームが起こり始めて、それを確固たるジャンルにするためにも動く時だと思った。けれどもその段階では、誰に依頼すべきか具体的な作家を思い浮かべていたわけではなかったんですよ。
佐々木 私は不思議だったんです。どうして社長は私が〈マルティン・ベック〉シリーズを好きだと知っているんだろうと。とくにエッセイなどに書いたこともなかったはずだし。
角川 私も驚いたよ。まさかすでに読んでいたとは思わなかったから。だから、このタイトルを挙げたのも直感としか言いようがないが、考えは伝わったと思った。
佐々木 〈マルティン・ベック〉シリーズのようなという言葉を聞き、何を求められているのかわかりました。この作品はスウェーデン社会の十年間の変遷を描くという壮大な構想のもとにできていますから、そのコンセプトは活かしたい。それで、北海道を舞台にしつつ、犯罪を通じて日本社会が抱えるコンテンポラリーな問題を書いていこうと考えました。
角川 でも、警察小説はこれが初めてだったんですよね?
佐々木 ええ。その少し前に刑事が逃げた奥さんを追いかけていく『ユニット』という作品を書いていますが、これは犯罪小説です。ただ、そのために北海道警に取材をしていて、偶然知ることになったのがまだ公になる前の「稲葉事件」でした。そんな時にお話をいただき、この不祥事を題材にすれば書けるかもしれないと始めたのが『笑う警官』です。
角川 稲葉事件はその後誰もが知ることになる北海道警の一大スキャンダルで、やらせ捜査などが明るみに出たばかりか、裏金を巡る問題も発覚してね。『笑う警官』はこの事件を背景として見事に活かした。ここで打ち立てた警察組織VS警官という構図は『警察庁から来た男』と『警官の紋章』にも引き継がれて三部作となり、非常に面白いものとなった。シリーズの成功を決定づけたものになったと思っています。