ひとつは恐ろしく、ひとつは不可解。占領下の琉球で、機械の身体を持つ男が二つのミッションに挑戦するサイバーパンク長編

レビュー

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不夜島(ナイトランド)

『不夜島(ナイトランド)』

著者
荻堂顕 [著]
出版社
祥伝社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784396636586
発売日
2023/12/08
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『不夜島』荻堂顕

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 歌舞伎町と異世界を融合させた『擬傷の鳥はつかまらない』で、2020年に第七回新潮ミステリー大賞を受賞しデビュー。近未来が舞台の二作目『ループ・オブ・ザ・コード』は山本周五郎賞にノミネートされ、三作目がこの『不夜島』(祥伝社)。荻堂顕の技量と熱量は本物だった。評者はデビュー作の紹介時に「これからも楽しみにしています」と書いたのだが、そんな言葉が緩く思えるほどこの新作は凄まじい。

 第二次大戦後、米軍占領下の琉球、与那国島。台湾人の武庭純は、島の光と影を凝縮したような港町・久部良であらゆる物品を捌いている。裏社会との取引も請け負う、指折りの密貿易人。島の人間関係を把握し尽くすことで先人たちを出し抜いてきた名うてのブローカーだ。

 ある日彼に、顔なじみの警官から極秘の情報がもたらされる。日本が戦争に負けたという事実を受け入れられず、精神に異常をきたした元憲兵が殺人鬼と化し、何十人もの人間を殺害したあげく、船を盗んでこの島に上陸したというのだ。

 噂が流れただけでも島の経済は壊滅してしまう。武は人脈を使って元憲兵を探そうとするが、その矢先、ミス・ダウンズなるアメリカ人女性が彼の前にあらわれる。彼女は武の知り合いの子供に憑依する形で姿を見せ「含光」なるものを回収せよと彼に告げる。それが何であるのかまったく分からないが、とにかく手に入れてほしい、と。

 ひとつは恐ろしく、ひとつは不可解。二つのミッションは重なり合い、押し戻すように武を台湾へと向かわせる。なぜ武はミス・ダウンズの命令に従わなければならないのか。そもそも彼は何者なのか。

 そう、ここが(この欄のカテゴリーである)SFというジャンルに相当する部分なのだが、実は武は、脳すらも「義体化」されたサイボーグである。「中身を弄る」という乾いた言葉で、武は己の改変された身体を表現する。そこに宿る底知れぬ哀しみと虚無感の根源は、自分に心はあるのかという問いだ。

 戦争がもたらした支配・被支配の構図、アイデンティティと居場所の簒奪。機械の身体を持つ人間というフィクションの背後にある史実=ノンフィクションは、台湾人仲間の楊さんや島人の玉城、武の身体をメンテナンスする医師の孤島先生、ナイトクラブ店主のトキコ、内地からやってきた毛利巡査等、武の周囲の人物像にも色濃く投影されていて、だからこそひとりひとりが血の通った(と言っていいだろう)人間だと感じられる。武と彼らをつなぐ様々な「情」、そしてそれらが引き裂かれる場面の緊張感に心が強く揺さぶられる。

 読み終えたらぜひ、武とある動物が描かれている扉部分のイラストを見て欲しい。「怠け者」という呑気な名前のこの動物も、物語に欠かせない大事なキャラクターなのだ。

新潮社 小説新潮
2024年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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