『不夜島』荻堂顕著

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不夜島(ナイトランド)

『不夜島(ナイトランド)』

著者
荻堂顕 [著]
出版社
祥伝社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784396636586
発売日
2023/12/08
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『不夜島』荻堂顕著

[レビュアー] 宮内悠介(作家)

密貿易・陰謀 「電脳」の悲哀

 サイバーパンクだ。登場人物たちは当たり前のように手足を義肢(クローム)と置き換え、頭に高性能の電脳を入れる。手からはワイヤーが射出され、主人公の足の内側には、ナイフが隠されている。舞台はネオンサインのきらめく、混沌(こんとん)とした、猥雑(わいざつ)な街だ。となれば、二〇五〇年くらいがイメージされるだろうか。否。実はこれ、第二次大戦後、米軍占領下の与那国島を舞台とした物語なのである。

 なぜ戦後のこの時期、ここまでテクノロジーが発達したのか、作中で明確に説明されることはない。実際は細かな設定があるのかもしれないが、それは明かされない。どちらにせよ、面白ければかまわないわけだ。かくして、謎のうさんくさい説得力とともに物語は進んでいく。

 作中の島は密貿易で栄え、ネオンの輝く「街(シティ)」には台湾人たちが集まる。主人公の武庭純(ウー・ティンスン)は腕利きの密貿易人で、島の偉丈夫・玉城を右腕に、あらゆる品を扱っている。街を離れれば島の暮らしがあり、与那国馬(チマンマ)が歩く。

 話がうねりはじめるのは、終戦を信じられない元憲兵が、狂える殺人鬼となって島にやってきてから。元憲兵は、どういうわけか執拗(しつよう)に武を狙ってくる。並行して、謎のアメリカ人女性が、「含光(ポジティビティ)」なる代物を手に入れろと武に指示を出す。この指示を機に、武は大国をまたぐ陰謀に巻きこまれていく。

 さまざまな要素をはらむ本書のテーマの一つは「居場所」だろう。ある場面で、武は「自分の居場所を他人に作ってもらおうとするな」と口にする。またある場面では、「自分で自分の居場所を作れなかったガキ」だと自省する。

 本書はスリリングなサイバーパンクである一方、語りはハードボイルドだ。武はときに冷酷に動き、ときに拳で物事を解決する。人工涙腺はつけておらず、泣くことはできない。けれどその行間から、どこにも帰属できない人間の哀(かな)しみや叙情が立ち昇ってくる。(祥伝社、1980円)

読売新聞
2024年2月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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