『夫よ、死んでくれないか』
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「あばたもエクボ」から「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」まではたった数年。日々の不満が臨界点を超えた時、事件が──『夫よ、死んでくれないか』丸山正樹
[レビュアー] 門賀美央子(書評家)
ろう者を取り巻く社会と犯罪の不条理を、手話通訳士という存在を媒介に描き出す「デフ・ヴォイス」シリーズを始め、唯一無比のミステリを執筆してきた著者が、今作は夫に不満を感じながら結婚生活を続ける女性たちを描く。主人公・麻矢の夫の失踪をはじめ、周りで次々と起こる事件。一筋縄では行かない展開にページを繰る手が止まらず、作者が仕掛けた衝撃のラスト1行に、瞠目する!
「小説推理」2023年12月号に掲載された書評家・門賀美央子さんのレビューで『夫よ、死んでくれないか』の読みどころをご紹介します。
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■“あばたもエクボ”から“坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”まではたった数年。日々の不満が臨界点を超えた時、事件は忍び寄る。生々しい感情が炸裂する恋愛“後”サスペンス
書店で見かければ、誰しもギョッとするであろう不穏なタイトルだ。興味を引かれてつい手が伸びるか、それとも密かな願いを見透かされた気がして目を伏せるか。いずれにせよ、既婚女性の大半は一度ぐらい思ったことがある、リアルな心のつぶやきなのではないだろうか。男性だって「夫」を「妻」に入れ替えれば、だ。
主人公の麻矢は平成元年生まれ。平凡な恋愛の末に結ばれた夫と世田谷のマンションに住み、共働きで子どもはまだいない。どこにでもいる現代女性だ。だが結婚後わずか5年で「死んでくれないか」と愚痴ってしまうほど、夫のすべてに苛立っている。職場でも行き詰まりを感じ、公私共に不満だらけだ。さらに専業主婦で夫のモラル・ハラスメントに苦しむ友里香、泥沼の離婚劇の末に再びシングルとなった璃子が加わり、都会で暮らす女性の「あるある」を詰め込むだけ詰め込んだ3人が物語を織りなしていく。
そんな中、はじめに事件を起こしたのは友里香だった。夫との口論中にアクシデントが発生するのだ。一人ではどうしていいかわからない友里香は璃子に助けを求め、璃子はとんでもないことを言い出し、麻矢はそれに巻き込まれてしまう。あわや桐野夏生『OUT』を彷彿させる惨い光景が繰り広げられるのか……と手に汗握るも、事態は予想外の展開に。さらに、麻矢にも「夫の突然の失踪」という不祥事が待っていた。あれほど嫌っていた夫がいなくなり、麻矢は解放感を得るのか。それとも本当はかけがえのない存在だったことに気づくのか。普通ならこのどちらかのコースを取るだろう。だが、本書ではもっと生々しく、人間臭い──といえば聞こえもよかろうが、自己保身や疑心暗鬼、さらには身近な人の裏切りなど、きれいごと一切なしの人間模様が塗り重ねられていく。
彼女らのように、配偶者や結婚生活への不平不満でパンクしそうになっている現代人は少なくないはずだ。特に「結婚」が“人並みの人生”を送るための絶対条件と信じて疑わない層が多数を占める日本では、この手の軋轢は不可避なのだと思う。麻矢は夫を捜す過程で、自身の不満に拘泥していたばかりに見逃していた事に少しずつ気づいていく。やがて事態はひとまず落ち着き、それぞれがあるべき場所に収まったように見えるのだが、著者はとんでもない時限爆弾を物語に仕掛けていた。さて、それは彼女ら彼らの未来を暗示しているのか、それとも……。きつい辛子の効いたラストに、あなたは何を感じるだろうか。