「夫の死に開放感を覚えた」という女性の胸中に着想。話題作『夫よ、死んでくれないか』に込めた著者の思い

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夫よ、死んでくれないか

『夫よ、死んでくれないか』

著者
丸山正樹 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575246858
発売日
2023/10/18
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

夫の死を願う妻たちの不満は爆発寸前……! 息もつかせぬノンストップ・ミステリ!『夫よ、死んでくれないか』に込めた著者の思い

[文] 双葉社


丸山正樹氏 撮影=小学館黒石あみさん

 デビュー作『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』が2023年冬に草なぎ剛さん主演でNHKドラマ化&韓国映画化進行中の話題の作家、丸山正樹の最新刊『夫よ、死んでくれないか』が刊行された。

 本作は、夫への不満を抱える女性たちの前に次々と事件が起こる、息もつかせぬノンストップ・ミステリだ。主人公の夫が何の前触れもなく失踪してしまったり、親友はモラハラ夫との間に大きなトラブルを抱えることになったり……。一筋縄では行かない展開にページを繰る手が止まらず、その先には驚きの真相とラスト1行の衝撃が待ち受けている。

 本作の執筆の背景や、物語に込めた思いを著者の丸山正樹さんにうかがった。

***

■社会人としても女性としてもこれからという時に夫との関係に悩みを抱えている女性たちの思いを、世間の人たちは知らないのではないか

──この作品のアイデアは、どのようなきっかけで生まれたのでしょうか。

丸山正樹(以下=丸山):発想の元は、もう十数年前になりますが、小説家デビューする前に読んだ『夫の死に救われる妻たち』(ジェニファー・エリソン、クリス・マゴニーグル著 飛鳥新社)というノンフィクションです。タイトルに惹かれて手に取ったのですが、「夫の死に開放感を覚えた」という共通項を持つ女性たちの話で、それぞれ別の事情で夫を亡くした著者の二人が同じように身近な人と死別した女性たちの複雑な胸中を取材した作品でした。

 タイトル含めて衝撃を受けて、そういう思いを現代日本の女性を主人公に置き換えて小説にしたら今までにあまりない作品になるのでは、とずっと心の隅に引っかかっていました。

 新作の執筆を依頼してくれた双葉社の編集者が『ワンダフル・ライフ』(光文社)に出てくる女性の描写を褒めてくれたこともあって、今まで書いたことのなかった「全編女性視点」の作品にチャレンジしてみようかと、その題材としてはこのモチーフがいいんじゃないかと、「恐る恐る」提案したのが始まりです。幸い、編集者が乗ってくれたので女性の立場から助言をもらえるなら何とかなるかな、と具体的に構想し始めました。

──インパクトのあるタイトルです。タイトルに込めた意味や、思いを教えてください。

丸山:タイトルはかなり早いうちに決まったのではないかと思います。この作品に限らず、私にとってタイトルは非常に重要で、決まると作品の芯が決まるというか、「これはこういう作品なんだ」と明確になります。執筆中に迷いが生じた時はタイトルに戻り、そこからまた考え直して行くので、私の場合はタイトルは早く決まれば早いほどいいのです。

 モチーフになったノンフィクションにも含まれる「夫」「死」というワードを基本に、小説としてどう描いていくかを考えた時に、このタイトルが一番適している、と考えました。その時はまだミステリなのかどうかも決まっていませんでしたが、象徴的なものであれ反語的な言い方であれ、ヒロインの思いとしてこの言葉が核になる小説なんだ、と自分に言い聞かせながら書き進めていきました。

──執筆中に苦労した部分はありますか? 当初の構想から変わった部分や構想を超えて膨らんだ部分などがあれば教えてください。

丸山:苦労と言えば今回ほど苦労した作品はなかったんじゃないでしょうか。当初は、先ほど挙げた書籍の内容に近い「夫を喪った年齢も立場も異なる二人の女性のシスターフッド的物語」を構想したのですが、それを原案とするわけにもいかなかったので、私にしては珍しく直接の取材を行いました。

 話を聞いたのは、主に三十代半ばの既婚や離婚経験者で、現時点では子供のいない女性たちです。というのも、日本で「夫の死を願う女性たち」について調べていくと、有名な「旦那デスノート」をはじめ、ほとんどが「子育て」を巡っての夫への不満・愚痴が書かれたものだったんですね。それはそれでとても重要な問題ですが、今回はそちらはやめよう、と。むしろ、子供がいないことや子供を産むか産まないかで夫婦間の意見の相違があったり、年齢的にもある種の選択を迫られたりしているような立場の女性、仕事をしていればキャリアも積んできて、社会人としても女性としてもまさにこれからという時に夫との関係に悩みを抱えている、そういう女性が一番主人公にふさわしいのではないかと考えました。

 これはたまたま担当編集者がその年齢だったということもありますが、そういった立場にある女性たちの思いを、世間の人たちは知らないのではないか、そういうことを訴えても「ぜいたく言うんじゃない」と一蹴されるような辛さを味わっているのではないか、という気がしたんです。

■この小説を読んだ男性がどう感じるか。自分には関係ないと突き放すか、思い当たる節があると怯えるか、あるいは謙虚に我が身を省みるのか。


丸山正樹氏 撮影=小学館黒石あみさん

──これまで手話通訳士を描いた〈デフ・ヴォイス〉シリーズを始め、社会的弱者の声を掬い上げる唯一無比のミステリを執筆してきた丸山さんですが、今作は少し印象が違うかもしれませんね。

丸山:私はこれまでマイノリティ、障害者をはじめとした社会的弱者ばかり描く作家だと思われているようですが、実は自分ではそういう意識はないんです。大きな困難を抱えていながら世間にその声が届かない人たちや状況に接した時に、「ああ、このことは誰も知らないなあ」という思いにかられて、作品にしてきました。それはおうおうにして少数者であるがゆえに世間が関心を抱かない状況があるため、結果的にマイノリティについて描くことになってきたのだと思います。

 今回の主人公は「結婚している女性」、と決して少数者ではない、いやもっと広く「女性」と言ってしまえば世界の半数についての話ですから、「テーマが変わった」「弱者を描くのはやめたのか」と思われるかもしれませんが、私としては今までとスタンスは変わっていないつもりです。

 現に、少し前に芸能界での性加害に関連して国連の人権理事会の発言が話題になりましたが、その際に挙げられた「日本でリスクにさらされている人たち」の中に、まっさきに「女性」が挙げられていました。「LGBTQ」や「障害者」といった少数者よりも先に、人口の半分いる「女性」の問題が最大の人権課題である、と。現代の日本はそういう国であるわけで、たとえ当事者でなくとも、いやむしろ当時者ではない「男」が書くことで、この問題をより広く考えてもらう機会になるのではと考えたのです。

……と、考えたまでは良かったのですが(笑)、難航したのは具体的に設定を決め、物語をつくり始めてからです。

「当事者」である女性たちの生の声を聞いていったにもかかわらず、いやそれゆえか、筆は全く進みませんでした。ストーリーはつくれるのですが、肝心の主人公の心情が全然描けない。こうして完成までこぎつけることができたのは、ひとえに取材に応じてくれた方たちを含む、「女性たち」のおかげです。

──先行してゲラを読んでくれた書店員さん、主に女性からですが、「私の本音が丸山先生にバレていた!」「夫への不満が凄く共感できる。もう先生よく書いて下さいました」と絶賛の声が届いています。

丸山:私としては女性読者の反応が怖かったので、そういった感想は意外であり、もちろん大変嬉しいことでもあります。

 タイトルやコピーだけ見れば女性読者が主な対象となるかもしれませんが、私はむしろ、「男性」に読んでもらいたいと思っています。あとがきに冗談っぽく「この書を読んで震えて眠れ」などと書いてしまいましたが、震えるかはともかくとして、この小説を読んだ男性がどう感じるか。自分には関係ないと突き放すか、思い当たる節があると怯えるか、あるいは謙虚に我が身を省みるのか。これから結婚する男性には特に、登場する男たちを反面教師として、こういう夫(おとこ)にはならないよう気を付けてほしいと思います。

 では女性には読んでもらいたくないのか、と言われればもちろんそんなことはありません。本当に「彼女たち」の思いが書けているのか、女性読者の反応や感想が大変気になります。

──最後に今後の執筆予定と、読者へのメッセージをお願いします。

丸山:現時点で決まっているのは、ほとんどがすでに書き上げたか発表済みのもの(11月から文庫化と児童書の続編など4か月連続で刊行物があります)です。

 この数年、年に2作プラスアルファ、というペースで作品を発表してきましたが、本来はそういうタイプではないと自覚しているんです。デビュー後に5年もの間2作目が出なかったのはさすがにブランクが空きすぎでしたが、この辺りでちょっとペースを落として、いろいろ考えてみたいんです。

 自分が本当に書きたいものと他人の評価の間にあるものは何なのか、じっくり考えた上で次の作品にとりかかりたいと思っています。もちろん「デフ・ヴォイス」や「刑事何森」といったシリーズや、昨年出した『ウェルカム・ホーム!』にも続編を、という話はいただいているので、少し時間はかかるかもしれませんが、必ず良い作品をお届けしますので、読者の皆さんには長い目でお待ちいただけるといただけると嬉しいです。

 ***

丸山正樹(まるやま・まさき)プロフィール
1961年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。シナリオライターとして活躍の後、松本清張賞に応募した『デフ・ヴォイス』で、作家デビュー。コーダ(ろう者の両親の家庭で育った聴者の子ども)である手話通訳士を主人公にしたミステリーで話題となり、続編の『龍の耳を君に』『慟哭は聴こえない』『わたしのいないテーブルで』などが次々と刊行される。2021年『ワンダフル・ライフ』で読者メーターOF THE YEAR 2021に選ばれる。22年『龍の耳を君に』が第17回酒飲み書店員大賞を受賞。他の著作に『漂う子』『ウェルカム・ホーム!』『キッズ・アー・オールライト』などがある。

COLORFUL
2023年10月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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