友のため真面目JKが挑戦するのはまさかの…!『NKJK』吉沢緑時|中野晴行の「まんがのソムリエ」第17回
中野晴行の「まんがのソムリエ」
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- NKJK(1)
- 価格:682円(税込)
病室でお笑い…ってなんで?
『NKJK』吉沢緑時
人を笑わせるのは本当に難しい、とつくづく感じる今日このごろ。笑いを取るつもりのひと言が逆に相手を傷つけてしまったり、怒らせてしまったり、人間関係をまずくしてしまうことだってある。1対1ならまだしも、相手の人数が増えてくると、気になることがいろいろ出てくる。
ある会合で、「中野先生」と紹介されたので、シャレのつもりで「先生と言われる程のアホでなし」などと話したら、会場に来ているのは「先生」と呼ばれている人ばかりで冷や汗をかいたこともあった。今は授業で多国籍の学生を教えているので、とても気を遣う。
それなら笑いなど入れずにすませばいいようなものだが、根が大阪人なので、笑いを取るのが性のようになっている。なんともはや厄介なことである。
笑いは難しいけど、笑いはとっても大切なものなんだ、と思わせてくれたマンガを今回は紹介しよう。吉沢緑時の『NKJK』だ。
***
女子高1年の西宝夏紀と富士矢舞は幼馴染。同じ私立名門校の幼稚舎、初等部、中等部に通い、高等部でも同級生。しかし、最初の授業の最中に、舞は突然倒れ、現代医療では助かる見込みのない大病と診断された。毎日のように舞の見舞いに駆けつける夏紀に、舞の母親は、娘を笑わせてもらえないだろうか、と懇願した。
人体には、「笑う行為により刺激を受けた脳内」から分泌される免疫機能活性化ホルモンと結びついて増殖する「NK(ナチュラルキラー)細胞」というものがあって、これが悪玉の細菌やウイルスを駆除してくれる、というのだ。現代医学から見放された舞を救えるのはNK細胞だけ。
親友の命を救うため、夏紀は舞を笑わせるためお笑いにチャレンジすることを決心。しかし、優等生でまじめな夏紀にとってお笑いは未知の世界。ネットから多くの書物や動画を閲覧し、自分なりに「笑い」というものを解析。実践に移していくのだが……。
タブレット端末を駆使して夏紀がつくったお笑いの分類表がすごい。大きく「大道芸」「落語」「お遊戯」「漫才・コント・フリートーク」とほぼ成立の年代順に並べ、「漫才・コント・フリートーク」は「キャラ」と「ネタ」に大分けしている。これをさらに100ちょっとの細かな項目に分けているわけだが、今のお笑いのカテゴリーというか芸の種類をほぼ網羅する内容だ。これをひとつひとつ試していく、というのが大まかなストーリーである。大道芸の項目には「人間ポンプ」なんてものまであって、火を噴いたり飲み込んだ金魚を生きたまま吐き出したりの荒業が果たして素人の女子高生にできるのか、ちょっと心配になる。夏紀が巨乳美少女なだけに、裸一貫系キャラとか下ネタにはちょっと期待してしまうけど……。
最初に挑戦したのは「仮装」。馬の頭の着ぐるみをかぶってみたものの結果は失敗。次の「リアクション芸」では、熱く煮えたおでんを胸に落とすという決死の技に挑戦して大成功。しかし、「たとえツッコミ」は全く受けず、「古典落語」は逆に舞にいらぬ気遣いをさせてしまうしまつ。
いかに病人の母親に頼まれたとは言え、不治の病の患者の病室でお笑いをやっている、というシチュエーションには文句のある人がいるかも知れない。しかし、少なくとも読んでいて嫌な気持ちにはならない。それは、夏紀の「舞に早く治ってほしい」という真心がしっかり描かれているからだろう。描き手のお笑いに対する真面目な姿勢が伝わって来るから、と言い換えてもいい。
そんな夏紀の前に師匠が現れる。榎本りん。長期入院中の10歳の少女だ。病気のために髪の毛が抜けてカツラをかぶっている。大阪弁の彼女は、自分が録画したお笑いのDVD「傑作お笑い名シーン」を夏紀に貸してくれ、お笑いの基本を教えてくれる。
夏紀と舞だけではやや物足りなさがあったものの、りんの登場で作品はがらりと変わる。スポーツマンガでもそうだが、コーチや師匠がいないと厚みが出てこないのだ。しかも彼女は患者の側の代弁者でもある。
さらに、クラスメートの甲斐さんや壇さん、そして謎のシロフクロウも登場して、ストーリーの厚みも出てくる。彼女たちが舞のために演じるイリュージョンがなかなかいい。
なんとか笑顔が戻って回復に向かっているかのように見えた舞が再び倒れて、自責の念に苦しむ夏紀に対して師匠のりんがかけた言葉が素敵だ。
「いわゆる『健常者』は図らずも病人を腫れ物扱いするもんなんや つい距離を置いて… よそよそしく接してしまう… それが普通や… 仕方ない… ただ… そんな中… 周りにどう思われようがアホな真似ばかりしてくれる身近な存在… それがどれっだけうれしいか… 」
そして、面会謝絶の舞に笑いを届けるため夏紀が考えた方法とは?
夏紀の友情がNK細胞を増殖させて、薬や手術では治らない悪い病気が消える日を楽しみに続きを読みたいと思う……締めが真面目でもうしわけない。ゴメンチャイ。
中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。
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