【話題の本】『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳 ノーベル賞作家が描く幻想とリアル

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 今年のノーベル文学賞に選ばれた日本生まれの英国人作家、カズオ・イシグロ(62)の勢いが止まらない。早川書房が刊行する小説全8作品の発行部数は、受賞決定後の増刷分だけで100万部超に。最新長編である本書も先月14日に前倒しで文庫化され、7刷20万部に達した。

 アーサー王伝説と地続きにあるファンタジー仕立ての一編。6、7世紀ごろのブリテン島で、老夫婦が遠い地に暮らす息子をさがす旅に出る。その世界は山に棲む「竜」の息がもたらす霧に覆われていて、人々は集団的な健忘症にかかっている。この「竜」を退治すれば誰もが甘やかな記憶を取り戻せるかもしれない。ただ、争いの火種になる負の記憶も再生すれば現在の平穏が瓦解(がかい)しかねない-。読者は、個人や社会が苦い記憶とどう向き合うべきか、という普遍的な問いに向き合うことになる。身近な恋愛のこと、世界各地で頻発する紛争を思いながら。

 早川書房の山口晶さんは「ほかの作品と比べても社会性は強い。ノーベル賞につながる一冊だったのでは…」とみる。幻想的なのにリアル。そんな不思議な読後感に浸れたら、もうイシグロ文学の深淵(しんえん)の入り口にいる。(ハヤカワepi文庫・980円+税)

 海老沢類

産経新聞
2017年11月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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