超巨大書店が文化を支配!?『DAI-HONYA ダイホンヤ』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第89回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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90年代前半に出版危機を予言したマンガ
『DAI-HONYA ダイホンヤ』とり・みき/田北 鑑生

 2008年2月から10年以上続いたメルマガ『まんがのソムリエ』も、5月2日号の配信をもって、いったんお休みということになった。スタート時点では、まさかこんなに長い連載になるとは考えずに、せいぜい1年くらいのつもりで引き受けたのだが、予想もしなかった長丁場になってしまった。
 ラストに向けては、これまで取り上げられなかった作品を中心に紹介していく予定だ。
 今回は、とり・みき(田北鑑生・原案)のSFハードボイルド・パロディ・ギャグマンガ『DAI-HONYA』である。
 書店員でとりの長年の友人でもある田北からプレゼントされた短編をベースに、とりが長編として仕上げた作品で、『月刊アスキーコミック』1992年9月号から93年8月号に連載され、94年には星雲賞コミック部門を受賞している。

 ***

 発端は199X年の幕張新都心。
「うじゃ~」と集まったオタクたちでうだるようなコミケ会場で謎の大爆発事件が起き、多くの死者・負傷者が出た、というのがプロローグになる。
 コミケ会場が晴海の東京国際見本市会場から幕張メッセに移ったのは1989年冬コミから。ところが、91年の夏コミ直前になって会場側から使用拒否が伝えられ、急遽、晴海に会場を変更するという事件が起きた。無修正の同人誌を拾得物の中から見つけた千葉県警が、準備会と幕張メッセに事情聴取を行ったのが発端だった。
 マンガの冒頭で幕張メッセを爆破してくれたことで、不謹慎ながら、いくらか溜飲が下がったのを覚えている。
 そしてそのまま、物語は20XX年12月20日へと飛ぶ。いきなりなようだが、プロローグと本編はしっかりと結ばれているのでご安心を。

 21世紀はじめになって、コンピュータ・ネットワークの発達と地球の森林資源の不足などから、このままでは活字文化が衰退してしまうと考えた国は、弱体化した出版社や書店を保護するために「書店法」を制定。さらに、書店内の犯罪を防ぐ目的で書店管理官を任命した。
 主人公の紙魚図青春(しみず・せいしゅん)は書店管理官だ。この夜、彼が派遣されたのは、超巨大書店「文鳥堂」だった。
 なにしろでかい。地上201階、地下3階。書店部分は189階まであって、大長編を全巻揃えたフロア、家具や宝飾品のフロア、なぜか45階には海まである。移動には超高速エレベータを使う。190階以上はオフィスで、200階には全フロアの防犯コントロールのためのモニター・ルームや、ビル全体を管理するコンピュータ・ルームなどがある。社長室は201階にあって、社長の天地山冬木(てんちやまふゆき)はここから全店に采配を振るっていた。

 こんな超巨大書店が生まれた裏には「書店法」の存在があった。法律ができたとたんに大資本の介入がはじまり、町の小さな書店はつぶれ巨大書店だけが生き残ったのだ。厳しい淘汰に勝ち残ったのが、文鳥堂書店だった。
 紙魚図の任務は、文鳥堂書店で開催される「20世紀雑誌展」の警護。警備主任の高橋に案内されてビルの中を巡る紙魚図だったが、その前にプロの読み屋(リーダー)が現れる。リーダーは本の中身をこっそり読み上げて録音し、著作物の内容を盗み出す犯罪者。紙魚図と高橋はリーダーを追い詰めるが……。

 このマンガが描かれたのは、まだ出版バブルが続いていた時代だ。今回読み返して驚いたのは、バブル真っ盛りに、すでに出版界がいま直面している危機をパロディとしてしっかり描き出していた、ということだ。
 あの頃は、このマンガを読みながら、「フィクションとしては面白いけど、まさかねえ」と、ほとんどの読者は本気にしていなかったはずだ。
 しかし、現実世界でもネットワークの発達が紙の本を脅かし、町の小さな書店は大型店やネット書店に押されて姿を消している。リーダーのやっていることは、スマホやケータイのカメラ機能を使った「デジタル万引き」と似ている。
 後半では、コンピュータをハッキングし、警備の隙を突いて難攻不落の文鳥堂書店へ侵入しようとするテロリストたちと、紙魚図の戦いなどハードボイルドアクションとしての読みどころもいっぱい。伏線となっていた幕張の爆発事件のことや、紙魚図との関わりも明らかになる。そういう意味では、ハードボイルド・ミステリとしてのツボもしっかり押さえている。パロディはこうでなくてはいけない。もちろん、美少女も出てくるし。
「本やマンガが好きな人たちがいま読むべきマンガ」と言っておこう。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2018年4月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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