おめえに教えてやるよ 人生の勘どころってやつを

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蔦重の教え

『蔦重の教え』

著者
車浮代 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575524550
発売日
2021/03/11
価格
781円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

面白くって為になる。実用時代小説の決定版だ

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 人生がけっぷちのサラリーマン・武村竹男がタイムスリップしたのは、歌麿や写楽を世に出した江戸時代の天才プロデューサー「蔦重」こと蔦屋重三郎のもとだった。蔦重に叱咤激励され、「成功の本質」ひいては「人生の極意」を学んでいく感動のエンタメ小説が、ついに文庫化!

 高橋克彦氏も「江戸の天才アイデアマン蔦重の評伝として超一級ばかりか、江戸の風俗、江戸人の感性まで驚くほど明解に伝わってくる」と絶賛! 本書の読みどころを書評家の細谷正充さんが解説する。

 ***

 ある日、朝日新聞を開いたら、車浮代の『蔦重の教え』(双葉文庫)の広告が掲載されていた。もともとは2014年に単行本で刊行された作品であり、今回は文庫化だ。それにしては広告の扱いが大きいと驚いたが、物語を思い出して納得。きっと多くの人に読んでほしいという出版社の願いがあったのだろう。そのような作品なのである。

 主人公は不運が重なり、退職を迫られている55歳のサラリーマンの武村竹男だ。自分では会社に大きく貢献し、部下たちにも慕われていると考えていたが、それほどでもなかったらしい。ヤケになった彼は、お稲荷さんに立小便をしながら、「あーあ、やり直してぇなあ!」と叫ぶ。

 それがお稲荷さんの怒りを買ったのか。竹男は天明5年の江戸にタイムスリップ。しかもなぜか若返って、20代半ばになっている。お歯黒ドブで気絶していた彼を助けたのは、地本問屋(出版社)の主の蔦屋重三郎――通称・蔦重であった。タケと呼ばれるようになった竹男は、蔦重の下で働くようになる。喜多川歌麿を始めとする、江戸の絵師や文人と出会いながら、竹男は蔦重の教えを吸収していくのだった。

 現代人が過去にタイムスリップする。このようなアイデアを使った時代小説に、どのような効用があるのか。現代人の視点で、過去を語れることだ。見知らぬ社会や文化を、今の言葉と感覚で説明することができる。だから時代小説を読み慣れていない人でも、すんなりと物語の世界に入っていけるのである。

 そして読者は、次々と現れる江戸の有名人を楽しみながら、竹男と一緒になって、蔦重の教えを知ることになる。「知恵ってもんはよ、『あがり』に行くためだけじゃなく、騙されて『ふりだし』に戻らねえためにも絞るもんなんだよ」「好きだから、得意だからできて当然だと思ってなめてると、足元をすくわれて痛い目を見ることンなるんだ」など、名言が次々と飛び出してくる。ここが本書の最大の読みどころだろう。

 さらに吉原で起きた騒動で、現代の道具が役立つ展開の妙。現代に戻った竹男が知る意外な事実と、蔦重の教えを糧にした新たな人生の選択など、ストーリーも魅力に溢れている。読んでよし、役立ててよしの、お得な一冊なのだ。

 なお本書の巻末ページには、作中の蔦重の教えが抜粋されている。すぐに参照できるのは、ありがたいことだ。顧客の求めるものを見極め、痒いところに手が届くようなサービスを提供する。この本そのものが“蔦重の教え”を実践しているのである。

双葉社
2021年4月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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