中国「領土的野望」の起源が「この地図」に? 小中学校の歴史教材として使われている「国恥地図」とは――『中国「国恥地図」の謎を解く』試し読み

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かつて中国が列強に奪われた領土、すなわち「中国の恥」を描いた地図があるという。その名も「国恥地図」。その実物を手にした筆者は唖然とした。国境線は近隣十八か国を呑み込み、日本をはじめ三か国を切り取り、南シナ海をほぼ囲い込んでいたのだ。こんな地図がなぜ教科書に? 誰がなぜ作らせた? なぜ図面に「日本語」が?作家・譚ろ美氏が執念の調査と取材から得た知見をもとに、中国の領土的野望の起源を紐解く。

『中国「国恥地図」の謎を解く』より「第二章・小学生の地理教科書に『国恥地図』」の一部を公開する。

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一九三三年発行『本国新地図』

 私はテーブルに積み上げた本の山から、ようやく目当てのものを捜し出した。

 A4サイズの半分ほどで、単行本のサイズに近い(正確には十九×十三センチ)。古い教科書だからひどく傷み、ページを開くだけで剥がれ落ちそうだった。私はまず大枚一万五千円をはたいて製本店に補修してもらった。

 表紙には、赤い大きな文字で『小学適用 本國新地圖』とある(「圖」は「図」の意味なので、以降は「地図」を用いる)。一九三三年に上海の世界輿地学社から発行された小学校用の地理の教科書である。

 出版社名にある「輿地(よち)」とは、辞書を引くと「万物をのせている輿(こし)の意味で、地球、大地、全世界を指す」とある。「輿地学」とは「地理の沿革を研究する学問」とも出ている。すると「世界輿地学社」とは「世界地理学研究社」という立派な名前をもつ地図出版社というわけだ。

 最初のページを開くと目次があり、続く「第一図」は二つ折りの「中華民国全図」だった。東アジア大陸の真ん中に中国が示されている。日本列島も右端に見える。その裏に、「第二図」として、同じ大きさの「中華国恥図」がある。これこそがお目当ての国恥地図だ。

 この章では、奇しくも入手した小さな「実物の国恥地図」を、拡大鏡を使ってじっくり観察、検証することから始めよう。

驚愕の赤線範囲

「中華国恥図」は縮尺五千万分の一、スケールバーは中国の「里」(一里は五百メートル)を使っている。地図は彩色されていて、陸地は薄桃色、緑色、黄色、水色の四色で描かれている。何よりも目を引いたのは、中国を中心とした広大な地域をぐるりと囲んだ黒の破線と、その上に引かれた太い赤線だった。

 日本周辺から見ていこう。赤線は日本海の真ん中を通り、種子島・屋久島をかすめたところで東側に急カーブし、沖縄を含む「琉球群島」を範囲内に収めながら南下する。台湾、「東沙(群)島」の岩礁も囲って進み、フィリピンのパラワン島を抜けたところで、再び急にスールー諸島を取り囲むために東へ寄っている。

 ここからボルネオ島北部のマレーシア、ブルネイ、マレーシアとシンガポールのあるマレー半島すべて、そしてインド領のアンダマン諸島まで囲いこんでから、ようやく北上するのだ。

 北上した先の陸地では、ミャンマーの西側を通り、ネパールとインド国境を進み、タジキスタンとアフガニスタン、ウズベキスタンやカザフスタンまで含んだ赤線は、中露国境を通ってモンゴルへ向かう。そしてモンゴルもすべて領内としたうえ、樺太すべて、最後に朝鮮半島をまるごと収めて、ようやく環を閉じる。

 いくら中国そのものが広大といっても、この赤線が取り囲む範囲は、中国の面積のゆうに二倍を超えているだろう。数えてみると中国に近隣十八カ国を加え、さらに日本を含む三カ国の一部を範囲内としている。果たしてこの赤線は、何を意味するものなのか。一体、小学生たちに何を教えようとしていたのだろうか。

 さらに拡大鏡を近づけてみると、この赤線に沿って、二ミリ四方ほどの小さな赤い文字で、その領土がいつ、どのように失われたかという短い説明書きがある。地図全体で三十五カ所の説明書きが確認できた。例えばサハリンの右側にはこうある。

「俄佔 一七九〇年後喪失 日佔」(ロシアが占領、一七九〇年以後喪失、日本が占領)

 地図左隅には「図例」があり、色分けした区分の帰属説明がある。

 現有地=黄色  俄(ロシア)属地=薄緑色  英(国)属地=薄桃色

 日(本)属地=薄黄色  法(フランス)属地=水色  自主国=濃い緑色

 両属地=濃い緑色と薄桃色の二色

 目が釘づけになったのは、その次にある二つの表記、「現今国界(げんこんこっかい)」と「舊時(きゅうじ)(旧時)国界(こっかい)」だった。

「現今国界」は二点鎖線(―・・―)で示され、現在の中国の国境線を示している。

「舊時(旧時)国界」は破線(― ―)で示され、その上に前述の赤い太線を重ねたもの。「旧時」とは、古い時代を意味し、「旧時国界」は、「古い時代の国境線」を示しているという。ちなみに、「舊」は「旧」の繁体字で、台湾では今でも使われているのに対して、中国では簡体字の「旧」を使う。

 つまり、地図には「現在」と「古い時代」の二つの国境線が示されていることになる。驚くべきことに、「古い時代」には、赤線で囲んだ広大な範囲がすべて中国の領土だったと主張しているのだ。

 そして赤線と「現今国界」に挟まれた〝領土〟の差、これらを失ったことが、中国の「国の恥」だと訴えるのがこの「中華国恥図」のメッセージなのだ。

 前述したように、第一図の「中華民国全図」と第二図の「中華国恥図」が、裏表に印刷されているのは、実に象徴的と言えるだろう。

 繰り返しになるが、この教科書が発行されたのは一九三三年だ。表向きは、第一図のように、近代国家を打ち出した中華民国政府(一九一二年樹立)が国際(公)法に基づき、外国との条約を遵守して領土を規定していた。だが、その裏では、第二図にあるように、「古い時代」の国土意識が厳然として存在し続けており、それを子どもたちに教えていたことを、如実に示しているのである。

 次のページを見てみよう。


解説文を全訳すると

 第二図「中華国恥図」の次ページには、「中国国恥誌略(ちゅうごくこくちしりゃく)」がある。これは国恥地図についての解説文で、二ページにわたって細かい文字でぎっしり書かれている。

 冒頭の〈総論〉にはじまり、〈喪失した辺疆(辺境)〉〈撤廃された藩邦(はんぽう)〉〈租借された地域〉〈外国人の中国における政治勢力〉〈外国人の中国における経済勢力〉の五項目に分けられている。

 いったいどのような事柄や歴史的事実を「国恥」だと主張しているのだろうか。長文になるが、ここで「中国国恥誌略」の全文を翻訳して、ご紹介することにしよう。

 (続きは書籍でお楽しみください。)

2021年11月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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