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- ボブ・ディラン
- 価格:836円(税込)
ノーベル文学賞を受賞してから初めての日本ツアーが話題のボブ・ディラン。そもそもなぜ彼がミュージシャンとして初めてノーベル文学賞を受賞したのか? なぜ多くのミュージシャンが彼を尊敬するのか? 81歳で世界を駆け巡る彼を突き動かしているものは何なのか?
音楽評論家・北中正和さんの新著『ボブ・ディラン』はそんな疑問に答えるボブ・ディランの音楽の入門書にもなっている。その著書の中から、ボブ・ディランの代表曲の一つ、「風に吹かれて(Blowin’ in the Wind)」について解説した部分を公開する。
難しい言葉は出てこないが
「風に吹かれて」に難しい言葉や言い回しは出てきません。むしろ単純に思えるほどです。歌は3番まであり、どの番もハウ・メニーという言葉からはじまる疑問3つと、それを受ける部分から成り立っています。
問われているのは人間の尊厳や反戦平和の願いにまつわる重要な疑問です。たとえば最初に出てくる、どれだけの道を歩けば、彼は人間と呼ばれるようになるのだろう、という一節は、人が置かれた不条理な状況全般についての疑問です。
あるいは、道は旅や人生や練達という意味にとることもできますから、その場合は人間の成長をめぐる一般的な感懐がうたわれているとも解釈できます。
前者についていえば、世の中には、理念ではわかっているはずの問題なのに、どういうわけか解決しない事象がたくさんあります。たとえば貧困や戦争です。理想では、あってはならないと思っている人が多いのに、現実には、欲望や無関心のおかげで、なかなかなくならない。その理由を子供にたずねられて、説明できる大人がどれだけいるでしょう。62年6月号の『シング・アウト!』誌で21歳のボブ・ディランはこう語っていました。
「答は風の中にある。紙切れのように舞っていて、降りてくることもある。だけど困ったことに、誰も答を拾い上げようとしない。答を知る人も少ない。そのうち答はまたどこかに飛んで行ってしまうんだ」
歌詞に出てくる言葉ブロウィン・インには浪費するという意味もあるそうです。この問答の性格は「裸の王様」の子供の疑問に連なる気がします。
2番に出てくる、どれだけの歳月、山は存在できるのだろう、海に流されるまでに、という問いは、抗議とも社会的な事件とも縁がありません。この詩的かつ神話的な問いに答えられる人は誰もいないでしょう。しかし時空を超えたこの部分が並置されることで、どれだけの道を歩けば……をはじめ、他の問の根本的な解決の難しさや奥深さも強調されます。
ポピュラー音楽初の「鋭い問いかけ」
この歌で注目すべきなのは、疑問の重さだけでなく、そこに他人事がひとつもないところです。自分は加害者ではないことを前提として不正を指摘したり、責任者に抗議したりすることは、それなりの勇気が必要ではありますが、ある意味では簡単です。それに対してこの歌では不条理が自分の問題として、内面の問題としてとらえられているのです。
それを象徴するのが、人は見ないふりをするために、何度顔を背けられるのだろう、という2番の3つ目の疑問です。見て見ぬふりをしているのは実はわれわれ自身ではないのか、というのはとてつもなく鋭い問いかけです。このような歌がポピュラー音楽の歴史に登場したのは、たぶんはじめてです。「風に吹かれて」が画期的な作品と言われるゆえんです。
この疑問からことわざの「見ざる言わざる聞かざる」や旧約聖書エゼキエル書12章の冒頭の「彼らは見る目があるが見ず、聞く耳があるが聞かず」を連想する人もいるようです。本歌取りのように過去のさまざまな作品を引用して、歴史をさかのぼる、と同時に未来に向けた別次元の視点を加える、あるいはさまざまな連想を誘ってやまない作品に仕上げる……それまで主に叙述的な歌を作ってきたボブ・ディランが最初に大きく飛躍をとげたのが「風に吹かれて」でした。
北中正和
きたなか・まさかず 1946年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業。雑誌「ニューミュージック・マガジン」の編集者となり、ポピュラー音楽についての評論活動を行う。その後ワールド・ミュージックに傾倒し、世界の民族音楽やポピュラー音楽についての本を出版。また、J-POP草創期の日本の音楽文化についても造詣が深い。『ビートルズ』(新潮新書)『ロック』(講談社現代新書)『毎日ワールド・ミュージック』(晶文社)『ロックが聴こえる本105 小説に登場するロック』(シンコー・ミュージック)『にほんのうた 戦後歌謡曲史』(新潮文庫)など著書多数。
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