北朝鮮のミサイル問題やロシアによるウクライナ侵攻などを背景に、防衛費増額や敵基地攻撃能力の必要性が問われている。日本を本当に守るため、戦争抑止できる「妥当な防衛費」は、どのくらいなのか?
米・プリンストン大学で国際政治(戦争論)を専攻し、内閣官房参与もつとめていた高橋洋一氏の著書『【図解】新・地政学入門』より一部抜粋、最新情報を交えて解説する。
戦争抑止できる「妥当な防衛費」の実質額とは?
2022年7月の参院選挙後の人事(第二次岸田内閣)で、島田和久大臣政策参与(前事務次官、兼防衛省顧問)は退職、省顧問としてのみ留任となった。
島田氏は、かつて安倍氏の秘書官を務めていた人で、前防衛大臣・岸氏の信頼も厚かった。「防衛費2倍」など日本の防衛力強化や防衛の長期計画の立案には、適任の人材だった。
大臣政策参与は、大臣に意見具申できる立場だ。
島田氏が、岸田政権でその職を解かれたことは、たとえば安倍氏がずっと訴えていた「防衛国債で防衛費を増額する」といった建設的な意見を言う人が、追い払われてしまったことを意味する。
そうなると、「防衛予算を増やすなら増税、増税がダメなら防衛予算は増やさない」という話にならざるをえない。現実的には、「5年以内に防衛費をGDP比2%にまで増額していく」という目標を、増税で達成していく可能性が高いのではないか。
何しろスキあらば増税を狙うというのが、財務省の性質だ。防衛費も、その理由付けにされることは大いに考えられる。
実際に、岸田首相は国債に頼らず、1兆円強の増税を含めて約4兆円の恒久財源の確保を目指す枠組みを譲らない構えを見せている。
ただ、もし世論的に、あまりにも増税への反発が強くなれば「増税なし、防衛費増額もなし」ということになる。
それはそれで大問題だ。
ちなみに、財務省への予算要求を担う防衛省会計課長は、実は財務省の子飼いだ。
つまり防衛予算は丁々発止の交渉も何もない、最初から落としどころの決まっている出来レースなのだ。
せいぜい少し高めに防衛省から予算要求し、財務省のほうで少し削られて、わずかにアップすればまだいいほう、というところだろう。
財務省のいう「屁理屈」
では、実際、日本の防衛費は、どれくらいが妥当なのだろうか。
日本経済新聞の興味深い記事を目にした。「欧米が用いるNATO基準では海上保安庁への予算は防衛費との位置づけになる。今の防衛費のGDP比は0.95パーセントだが、NATO基準なら1.24%になる」というのだ。
実は、これは財務省がよく持ち出す話である。
「世界基準で見れば、現状ですでにGDP比1パーセントを超えているのだから、それほど防衛費を増額する必要はないだろう」というわけだ。
しかも同記事には、これまた財務省と同じ言い方で「海上保安庁の船は建設国債対象だが、海上自衛隊の船は建設国債対象ではない」という話も載っていた。
海保の船は耐用年数が長いが、有事の際に攻撃を受ける海自の船は耐用年数が短い、だから国債で賄うわけにはいかないという理由だ。
いずれも、はっきりいって屁理屈だ。
財務省が、都合よく「NATO基準ではこうだ」「同じ船でも耐用年数が違うのだ」というロジックを利用して、マスコミや一般人をだまくらかしているに過ぎない。
そもそも尖閣諸島を攻められたら、まっさきに撃沈されるのは、尖閣諸島を見張っている海保の船だ。この点だけ見ても、やはり耐用年数を持ち出す財務省のロジックは通用しない。
債権の区分には「意味がない」
そもそも、「建設国債」「特例国債」と分けている先進国は、今や日本だけだ。
欧米では、50年ほど前に債務の区分が撤廃されている。なぜなら「意味がない」からだ。すべての国債は統合政府バランスシート(中央銀行と政府のバランスシートを統合したもの)上で資産・負債として扱われる。
耐用年数は、そのなかの資産価値の動向に多少関係するだけで、各種の政府意志決定には、それほど影響しない。
だから債務の区分には「意味がない」し、それを撤廃している欧米では、「耐用年数によって、建設国債対象か否か」という議論が、そもそもないのである。
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財源はどのように確保するのがベストか
以上を踏まえ、改めて、日本の防衛費はどれくらいが妥当か。
近隣国との防衛費が均衡しているほど、戦争確率は低くなる。つまり、ここで考えるべきは、戦争抑止力を発揮するだけの防衛費は、どれくらいかということだ。
日本は、中国、ロシア、北朝鮮という非民主主義国かつ核保有国を近隣国にもつ。
特に中国の脅威は、本書でも再三述べているとおり、絵空事ではない。
2022年8月4日には、中国が発射した弾道ミサイルのうち、5発が日本のEEZ内に落下する、ということがあった。日本の玄関先に脅迫文が届いたようなものだ。
ウクライナ侵攻がどう終結するかにもよるだろうが、かねてより中国は台湾を付け狙っている。その先に見据えているのは、もちろん尖閣諸島だ。
また、北朝鮮についても2023年2月18日にICBM級の弾道ミサイル1発を発射し、日本のEEZ内に落下したと推定されている。
その他、今年に入ってからのミサイル発射は11回にも上っている(2023年3月27日現在)。
こうした国が近隣にある日本の安全保障上、NATO基準(海保の予算も防衛費に含める)であっても、「GDP比3パーセント以上」が必要と見ておかしくはない。
そして、この水準を達成するのは、増税では無理だろう。やはり防衛国債が最善の手法である。
国債とは、長きにわたり国民に恩恵をもたらす投資に使われるべきものだ。
会計的に見れば、有事には資産の毀損が起こるが、それは他の政府資産も同じだから、問うても仕方がない。
平時には国債でまかなった防衛力が抑止力となり、戦争確率を減少させる。つまり防衛国債は「平和への投資」といえるため、国債の性質にもフィットするといえる。
財政悪化リスクは少ない一方、安全保障上のメリット大なのである。
高橋洋一
1955年東京都生まれ。都立小石川高校(現・都立小石川中等教育学校)を経て、東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。1980年に大蔵省(現・財務省)入省。大蔵省理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、総務大臣補佐官、内閣参事官(総理補佐官補)等を歴任。小泉内閣・第一次安倍内閣ではブレーンとして活躍し、「霞が関埋蔵金」の公表や「ふるさと納税」「ねんきん定期便」など数々の政策提案・実現をしてきた。また、戦後の日本における経済の最重要問題といわれる、バブル崩壊後の「不良債権処理」の陣頭指揮をとり、不良債権償却の「大魔王」のあだ名を頂戴した。2008年退官。その後、菅政権では内閣官房参与もつとめ、現在、嘉悦大学経営経済学部教授、株式会社政策工房代表取締役会長。『【図解】ピケティ入門』『【図解】経済学入門』『【明解】会計学入門』『【図解】統計学超入門』『外交戦』『【明解】経済理論入門』『【明解】政治学入門』『99%の日本人がわかっていない新・国債の真実』(以上、あさ出版)、第17回山本七平賞を受賞した『さらば財務省!官僚すべてを敵にした男の告白』(講談社)など、ベスト・ロングセラー多数。
協力:あさ出版
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