ハンマーで義父を殺害後、飛び降り自殺した母……息子が見た顔面ガムテープ巻きの惨劇 『遠い家族~母はなぜ無理心中を図ったのか~』試し読み

試し読み

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

 俳優の前田勝さんが18歳の時に、母親が義父を殺し、自らも命を絶った。

 2018年、前田さんはドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」に出演し、事件の謎を解くため、母の知人や親戚を訪ね、音信不通になっていた実父を探す旅に出た。その内容は大きな反響を呼び、同番組の放送時点での年間最高視聴率を更新した。

 その取材過程で明らかになった内容と事件の詳細を記した手記『遠い家族~母はなぜ無理心中を図ったのか~』(新潮社)が2023年3月に刊行され、注目を集めている。

 韓国人の母と台湾人の父の下、韓国で生まれた前田さん。物心つくころに両親は離婚しており、韓国、台湾を経て、12歳の時に日本人と再婚した母に呼ばれて来日するという複雑な家庭で育った。そして、日本での幸せな時間も束の間、義父の浮気と別居が、少しずつ母の精神を苛んでいった。

 前田さんの著書の中から無理心中の事件現場に立ち会ったエピソードを公開する。

 ***

 高校の卒業式から約二十日後、大学入学まであと1週間となったときに、バスケ部で最後の合宿をすることになった。下級生たちは通常の合宿として、卒業する僕たち3年生は、最後の思い出作りとして。
 合宿先までは母に車で送ってもらった。家から車で約40分。これが母と過ごした最後の時間になった。母は車の中で、「今までのように、外食ばかりしていたらお金が掛かるよ。炊飯器でご飯を炊いて、外でお惣菜を買ってきて食べたら、節約になるからね。洗濯も大変だけど、自分でやるしかないからね」「これからはお母さんからも、お義父さんからもお金をもらえるわけじゃないからね」などと言っていた。
 まるで自分はもういなくなるかのように。そんな風に言われて、僕はどう返したらいいんだ。
 合宿先に着いたときの母の最後の表情。僕をじっと見つめたあとに、涙が溢れそうになって、それを隠そうとした母。その顔が今でも忘れられない。本当に情けないが、このときに、母から五万円ほど渡された僕は、大金をもらったという嬉しさしかなかった。
 母からのSOSの信号を、僕は結局最後の最後まで見て見ぬふりをするか、気づかないまま終わってしまったのだ。母はそんな僕をどう思っていたのだろうか。帰り道、車の中で一人でなにを考えていたのだろうか。

 この合宿中は、家のことを考えないようにして、必死に友人たちとの最後の時間を楽しもうとしていた。しかし、2日目の夜の練習が終わり、部屋に戻って携帯を見ると、知らない電話番号から着信があった。すぐに折り返してみると、知らない女性が電話に出て、切羽詰まった声で、「いま家で大変なことが起きているから早く家に行って!」と言った。事情がわからなかった僕は、「今バスケ部の合宿中です」と答えた。するとその女性が「なに言ってんの! 家が大変なことになっているからすぐに戻りなさい!」と、さらに強く言ってきた。そこで初めてただ事ではないと感じた僕は、慌てて合宿先にタクシーを呼んでもらい、家に向かった。

 タクシーの中で、電話の女性の切羽詰まった声を反芻した。そして、母と義父のケンカや、母の最近の言動を思い返す。まさか、いやいや、そんなはずはない。でも、家でなにが起きているんだろう。どうして母や義父ではなく、知らない女性から電話が掛かってきたんだろう。早く家に着きたい気持ちと、怖くて家に着きたくない気持ちでパニックになり始めていた。

前田勝
1983年、韓国人の母と台湾人の父の下、韓国で生まれる。7歳まで韓国、12歳まで台湾で暮らす。日本人と再婚した母に呼ばれて12歳で来日。大学入学直前、母が義父を殺して無理心中を図る。大学中退後、東京NSCに入学。卒業後は舞台俳優となる。客演の傍ら劇団を主宰し、母の事件を描いた舞台を上演。2018年、ドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」に出演し、母の生涯を辿る。同番組は北米最大級のメディアコンクール「ニューヨーク・フェスティバル2019」ドキュメンタリー・人物伝記部門で銅賞を受賞。2021年『茜色に焼かれる』(石井裕也監督)で映画初出演。舞台にも立ち続けている。

新潮社
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

株式会社新潮社のご案内

1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。

▼新潮社の平成ベストセラー100 https://www.shinchosha.co.jp/heisei100/