くだらない意見だ。心の底から。
ここが田舎だろうが都会だろうが意味ねえよ。電車や車で移動してたかだか一時間やかかっても二時間そこら。意味ねえよそんな時間に。その時間で、俺ら何か特別なことの一つでも出来るかよ。俺もお前も場所なんて関係なくつまらない人間なんだよ。
これ以上の会話は不要だと目をそらす。しかし田中はまだ俺で暇を潰す気のようで、独り言のふりをして反応を求めてくる。
「お、うちのクラスの暗い奴、女代表が帰ってきた」
振り返らなくとも、誰が教室に戻って来たのかは分かった。
「鈴木はあの子と暗いもん同士で喋ったりしねーの?」
どうだったらこいつは満足なんだろうか。世の中には必要のない質問がはびこっている。
「喋ることねえよ別に」
「話合うかもよ、いっつも二人して机じっと見てんだから、どの机の表面が綺麗だねとか喋ったらいいじゃん」
自分の言ったことに自分で笑う奴が、俺は嫌いだ。
暗い者同士。俺と、今教室に入って来たのだろう斎藤が外側からは同じように見えたとして、それをくくったところで何の意味もない。
前の席の田中がようやく俺に飽きていなくなり、じっと待っていると昼休みが終わった。掃除の時間、今週は教室の担当だ。適度に床と黒板を綺麗にし、適度に机を並べる。掃除は他にやってくれる人間がいない場合、生活に必要な行為だ。最初から面白みを求めずにすむ作業はとても楽で、昼休みよりもずっと気持ちが落ち着く。
五時間目も六時間目もやり過ごし、帰りの挨拶も終えれば、教室にはなんの未練もない。大抵のクラスメイトは自由になったことに気持ちを弛緩させ、幾人かがこれから部活が始まることに緊張して、奴らはどいつも数秒教室を出ることを躊躇(ためら)う。だから結果的に、俺と、あと一人だけがタイムロスなく廊下に出る。
どちらかがどちらかの背中を見ることになるというパターンの違いはあれど、廊下で俺達の間に関わりが生まれたことは一度たりともない。
今日は斎藤の方が前だった。出席番号の近い彼女が特に急ぐ様子もなく靴を履き替えるのを、俺は黙ってじっと待つ。ほとんど毎日、俺達はここでの数秒を共有している。会話をしたことはない。
一言も発さずこちらを振り返りもせずに斎藤がいなくなってから、俺も静かに靴を履き替える。
俺と斎藤の話が合う、とか言ってたな。あいつの中にあるのもきっと、他の奴らとコンマ数ミリずれただけのつまらなさに過ぎない。気持ちを共有出来る相手が同じクラス内にいて救いになってくれるなんて、この世界には、少なくとも俺みたいな人間には起こらない。奇跡も運命も特別なこともありはしない。
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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。
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