『君の膵臓をたべたい』で知られる住野よる初の恋愛長編! 『この気持ちもいつか忘れる』試し読み

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毎日が退屈だ。楽しいことなんて何もない――。

授業を受けるだけの日々を過ごす男子高校生のカヤは、16歳の誕生日に、謎の少女チカと出会う。美しい瞳を光らせ、不思議なことを話す彼女は、なんと異世界の住人だった。2つの世界では奇妙なシンクロが起きる。そして、チカとの出会いを重ねるうちにカヤの心にはある変化が起き……ひりつく思いと切なさに胸を締め付けられる傑作恋愛長編。

本書より、冒頭部分を公開いたします。

 ***

本編
 
 どうやらこの生涯っていうのは、くそつまんねえものだ。大人達がこぞって十代の頃が一番楽しかったと言うのがその証拠だ。この何もない毎日のことを賛美して羨ましがるなんて、俺が今いるこの場所から浮き上がることがもうないだなんて。

 同様の危機感を、周りの奴らも抱いているものだとばかり思っていた。でもそうじゃなかった。奴らはそれぞれに、何かしらで無理矢理自分を納得させることが出来ていた。例えば本を読み、例えば音楽を聴き、例えばスポーツに打ち込み、例えば勉強に没頭し、自身を慰めているようだった。

 ある一定のルールに従い、ある一定の能力を身につけ、極度の不幸に見舞われなかったから生きてはこれた。食事は美味いと感じるし、睡眠は心地いいと感じる。でも何をやってたって、つまんねえんだ。つまんねえんだよ。

 毎朝飯を食って、登校し、昨日と同じ教室に入り、決められた席に座る。特に誰かと意味のあるコミュニケーションをとることもない。友好も結ばないし危害も加えない。

 ただ机を見て、時が経つのを待つ。

 顔をあげ周囲に目を向けたところで、なんでもない子どもが三十人ばかり集められただけの教室に、特別な存在なんていない。もちろん俺も含める。

 俺とこいつらのわずかな違いは、俺が自身のつまらなさを忘れずに生きているということだ。何かしらで人生を彩り、自分が特別であるかのように勘違いして生きている奴らを、俺は等しく軽蔑している。

 途方にくれる。途方にくれるしかない自分にも、途方にくれることすらしない奴らにも、怒りが湧く。

 つまんねえってことに怒り続けている今が、人生の最高潮らしい。

 本当に馬鹿みたいだ。

 なあ、頼むよ。

 誰か俺の気持ちごと連れ去ってくれ、こんな意味ねえ場所から。

住野よる
高校時代より執筆活動を開始。2015(平成27)年、デビュー作『君の膵臓をたべたい』がベストセラーとなり、翌年の本屋大賞第2位にランクイン。他の著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』『青くて痛くて脆い』『この気持ちもいつか忘れる』『腹を割ったら血が出るだけさ』『恋とそれとあと全部』「麦本三歩の好きなもの」シリーズがある。清水音泉が好き。

新潮社
2023年7月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。

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