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- 悪い夏
- 価格:748円(税込)
26歳の守は生活保護受給者のもとを回るケースワーカー。同僚が生活保護の打ち切りをチラつかせ、ケースの女性に肉体関係を迫っていると知った守は、真相を確かめようと女性の家を訪ねる。しかし、その出会いをきっかけに普通の世界から足を踏み外して――。生活保護を不正受給する小悪党、貧困にあえぐシングルマザー、東京進出を目論む地方ヤクザ。加速する負の連鎖が、守を凄絶な悲劇へ叩き堕とす! 第37回横溝ミステリ大賞優秀賞受賞作。
映画化決定で話題の本書より、冒頭部分を特別公開いたします。
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1
うっすらと肌寒さを覚えていたものの、枕元のアラームに叩(たた)き起こされるまで何も行動を起こさずにいたら、目覚めたとき喉(のど)を痛めていた。唾(つば)を飲み込むと嫌な感触が喉元に居座るのである。
二十六歳の佐々木守(ささきまもる)は寝ぼけ眼をこすり、頭上のエアコンを憎々しげに睨(にら)みつけた。
昨夜、就寝前にたしかにタイマーを設定しておいたはずなのに、今なお、せっせと冷風を吐き続けているこのエアコンはここ数日やたらと機嫌が悪い。主人の命令を平気で無視する。こいつは守が一年前にこのアパートに越してきたとき、すでに設置されていたものだ。大家にもメーカーにもどうなっているのかと詰め寄りたくなる。
芋虫のように身体をくねらせてベッドを這(は)い出た。バカエアコンのせいで、部屋の中に不必要な冷気が充満している。カーテンを開け放ち、続けて窓を開けた。全身に強烈な陽光を浴びて伸びをする。相変わらずのお天気だがやはり身体が気だるい。
薬箱から風邪薬の錠剤を取り出し、ぬるま湯で胃に流し込んだ。もっともこれが効くとは思えなかった。市販の薬は気休めにしかならない。
ソファに腰を下ろし、眼鏡をかける。視界がはっきりとしたところでテレビをつけた。ニュースを眺めながら守はしばし思索に耽(ふけ)る。今日は火曜日、休日の土日はまだ遠い。平日はスケジュールがすき間なく埋まっていて、病院へ行く余裕などない。
テレビ画面の中では可愛らしいキャスターが熱中症に気をつけるようしきりに喚起していた。今年の夏は去年の灼熱(しゃくねつ)地獄を上回る猛暑になるだろうと春先から叫ばれていた。そして予想を裏切らぬ日々が続いている。先週ようやく梅雨明けしたと思ったら、待ってましたとばかりに太陽が張り切りだした。まだ七月であることを思えば、来月はどうなってしまうのだろうと不安を通り越して恐怖を覚える。
重い身体を持ち上げて洗面所へ向かう。顔を洗い、歯を磨く。同時進行でパジャマを脱ぎ、洗濯機に放り込んだ。クローゼットを開け、サマースーツを取り出す。スーツはローテーションを組んであるので衣装選びに悩むことはない。
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