恐ろしいけれど、癖になる! 江戸の怪談物語 宮部みゆき『魂手形 三島屋変調百物語七之続』試し読み

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百物語なんかしていると、この世の業を集めますよ――。江戸は神田の袋物屋・三島屋では、風変わりな百物語が続けられている。語り手一人に、聞き手も一人。主人の次男・富次郎が聞いた話はけっして外には漏らさない。少年時代を木賃宿で過ごした老人が三島屋を訪れた。迷える魂の水先案内を務める不思議な水夫に出会ったことがあるという――。三島屋に嬉しい報せも舞い込み、ますます目が離せない宮部みゆき流の江戸怪談。

文庫化され話題の本書より、冒頭部分を特別公開いたします。

 ***

 江戸は神田三島町(かんだみしまちょう)にある袋物屋の三島屋(みしまや)は、風変わりな百物語をしていることで知られている。人びとが一夜一間に集って順繰りに怪談を披露するのではなく、語り手一人、または一組に聞き手も一人、一度にひとつの話を語ってもらって聞きとって、その話はけっして外には漏らさず、

「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」

 これが三島屋の変わり百物語の趣向である。

 三年余り前、彼岸花の咲く季節に、主人・伊兵衛(いへえ)が招いた来客の身の上語りが振り出しとなったこの変わり百物語は、最初の聞き手を務めた姪(めい)のおちかが近所の貸本屋へ嫁いだあと、次男坊の富次郎(とみじろう)が引き継いでいる。いささかの遊び心と絵心がある富次郎は、語り手の話を聞き終えると、それをもとに墨絵を描き、〈あやかし草紙〉と名付けた桐の箱に封じ込めて、聞き捨てとする。

 若いうちは買ってでもするべき苦労をしにいった奉公先で思いがけず大怪我を負い、生家へ帰ってきて、療養がてらのぶらぶら暮らし。変わり百物語の聞き手としても新米の富次郎には、怪談語りが呼び込む怪異から三島屋を守る禍祓(まがはら)いの力を持つお勝(かつ)、富次郎を子供のころから世話してきた古参のおしま、この二人の女中が強い味方だ。

 人は語りたがる。嘘(うそ)も真実(まこと)も、善きことも悪しきことも。

 気さくで気が良く、旨(うま)いものが大好きで、今の気楽な身の上に、自ら「小旦那(こだんな)」と称して剽(ひょう)げてみせる富次郎。しかし、変わり百物語に臨むときはいつも真剣勝負だ。そんな聞き手の待つ三島屋に、今日もまた一人、新たな語り手が訪れる。

宮部 みゆき(みやべ みゆき)
1960年東京生まれ。87年「我らが隣人の犯罪」でオール読物新人賞を受賞。『龍は眠る』(日本推理作家協会賞)、『本所深川ふしぎ草子』(吉川英治文学新人賞)、『火車』(山本周五郎賞)、『理由』(直木賞)ほか著書、受賞歴多数。

KADOKAWA カドブン
2023年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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