スマホもカメラも手元にない
1931年、福井駅の駅長の発案によって設置された駅スタンプが日本国内で空前のブームを呼んだことは、前2回の記事ですでにお伝えした。
スマホはもちろんカメラとて一般の人が持つものではなかった時代、旅先で何か記念に残るものをと思った時にスタンプがあれば押したくなるのは当然だ。おそらくは今で言うところのインスタ感覚で思い出を二次元に封じ込めていたことだろう。
となると、当然、国内はもちろん海外に出かけた際にもスタンプが欲しくなるのが人情というもの。
そうしたニーズに応えるべく、当時日本の統治下や影響下にあった地域でも駅スタンプは多く作られていた。
1400点の駅スタンプを収録した『解説付き 戦前の印影コレクション 駅スタンプ大図鑑』(田中比呂之編著)では、地域別にスタンプを掲載しているが、そのうち100点以上は「外地」(樺太、満州、台湾、朝鮮)のものである。
同書から「外地モノ」のスタンプを見てみよう。
キツネが地場産業だった
まずは樺太。日露戦争に勝利したことで、この頃南樺太は日本が領有していた。ただ、観光地とは言いづらく、スタンプの絵柄も地味なものが多い。港、工場、ニシン、缶詰等々。前回ご紹介したような「お色気スタンプ」は皆無である。
ちょっと目を惹くのは樺太東線・小沼駅(1)。キツネが描かれているのは、単に地域に多かったからではない。当時、ここでは「養狐」が盛んだったからだ。主に婦人用の毛皮として一時期はかなりの人気を博していたという。
台湾のスカスカスタンプ
台湾に目を移そう。こちらも観光が盛んな現在とは異なり、かなり地味目なスタンプが多い。
なかでも異彩を放っているのは台湾を南北に走る縦貫線・苗栗(びょうりつ)駅のスタンプである(2)。
御覧の通り、ほとんど空白である。一応「石油櫓(やぐら)」と「白い雲」がモチーフであるとのことなのだが、なかなかの苦しさが感じられる。投げやりだったのか、それとも「あちこちで駅スタンプを作っている以上、ウチでも作らないわけにもいかない」といった焦りがあったのか。
もちろんこれはかなり特殊なケースで、台北駅のように台湾そのものを輪郭にデザインした正統派のスタンプも存在している(3)。
朝鮮は華やかで目立つ
樺太や台湾に比べると朝鮮のスタンプは華やかなものが目立つ。京釜線・大邱(たいきゅう)駅はリンゴ型の中に市場の盛況が描かれている(4)。
平壌駅では妓生(キーセン)が2人、こちらを見つめている(5)。スタンプそのものは名物の栗の形。朝鮮のスタンプでは現地女性を描いたものが比較的多く目立つのが特徴と言えるかもしれない(6)。
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- 駅スタンプ大図鑑
- 価格:3,190円(税込)
武骨で奇抜な満州
最後に満州を別途掲載。こちらは朝鮮とは異なり、どこか無骨なデザインが多い。シンプルな輪郭に駅名だけ、というものが多いのだ。これは満州鉄道のセンスだったのだろうか。
ただし、実は満州鉄道は駅スタンプの先駆者的存在でもあったようだ。『駅スタンプ大図鑑』の編著者、田中さんによれば、
「1931年12月に満鉄は会社公認の駅スタンプを15駅に設置しています。福井駅が同年5月設置なのでかなり早いと言っていいでしょう。これが1934年には28駅にまで増えました。なぜか奇抜な輪郭が多いのが一つの特徴だと言えます」
こうした地域については、ともすれば「植民地支配の影」といった文脈で語られがちである。しかし、現地のインフラに日本が多額の投資したのもまた事実。当時のスタンプから伝わってくるのは、その駅や地域への愛情や誇りである。
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