『襷がけの二人』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
【聞きたい。】嶋津輝さん 『襷がけの二人』 日常の小さな感動を丁寧に
[文] 三保谷浩輝
デビューから2冊目の単行本で初長編の本作が直木賞の候補になり、1月の選考会で決選投票まで駒を進めた。
「候補入りだけで十分満足していたつもりでしたが、選考会までの間、とにかくそわそわ。決選投票に残ったと知ったときは、落選のことを忘れるぐらいうれしく、今後の励みや自信につながりました。ただ、欲をかくとフォームが崩れそうなので、いったん賞のことは忘れ(執筆中の)作品の世界に集中します」
本作は大正から戦後にかけての東京・下町が舞台。地味で平凡な千代と、その嫁ぎ先の女中頭で元芸者の初(はつ)衣(え)が、料理など家事の喜び、性を巡る苦悩、戦争への思いなどを通じて絆を強める姿を描く。
「(自分たちが)見える範囲の世界に集中して生きることのすがすがしさを描いたつもりです。戦時下にあっても淡々と、地道に、自分自身を失わずに生活を続けた2人を見届けていただきたい」
明治から昭和の時代が好きで、有吉佐和子、幸田文らを愛読。「作品に花柳界や女中の話もよく出てくるので、血肉になったかな」。時代考証で苦労したり、愛猫2匹を相次いで看取り創作に向かえない時期もあったりして、出版までに約4年を要したとも。
小説の執筆を始めたのは41歳のとき。もともと「自分は文章が書ける気がする」と思っていたが、「書きたいことも書き方も分からず」と芥川賞作家も輩出した小説教室に入門。「書くことがない人は家族のことを」と教わり、「書き始めたら芋づる式に(書きたいことが)出てきた。人生経験は結構あるので」。
読み手、書き手として「人の生活をのぞき見したいという欲が強い」という。「私はストーリーテラーではなく、人間を書きたい。市井の人や日常にある小さな感動に喜びを見いだす。そういうものを丁寧に観察して拾い上げていきたい」と目を輝かす。
現在は法律事務所で経理を担当しながら、始業前1~2時間にカフェなどで執筆。今後は模索中としつつ、「小説に腰をすえてやっていこうと思っています」と力が入る。本作出版後、直木賞候補になる夢を見ていて、そこまでは正夢に。夢の続きはこれからだ。(文芸春秋・1980円)
三保谷浩輝
◇
【プロフィル】嶋津輝
しまづ・てる 昭和44年、東京都生まれ。平成28年、「姉といもうと」でオール読物新人賞受賞。受賞作を含む短編集『スナック墓場』で令和元年に単行本デビュー。