『夜明けのはざま』町田そのこ著

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夜明けのはざま

『夜明けのはざま』

著者
町田 そのこ [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591179802
発売日
2023/11/08
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『夜明けのはざま』町田そのこ著

[レビュアー] 長田育恵(劇作家・脚本家)

明滅する人生 歩む人々

 舞台は家族葬専門の葬儀社、芥(け)子(し)実(み)庵。その斎場をとりまく人物たちによる連作短編集だ。主軸となるのは女性の葬祭ディレクター佐久間だが、各話の主人公を務める人選にどんどん引き込まれていく。そのちょっと意外かつゆるやかな繋(つな)がりが織りなしゆくタペストリーの見事さに、深く息を吸い込みたくなる。生と死を縦軸に、エピソードも状況も違う彼女・彼らを横軸として短編を重ねることで韻律が生まれ、闇がどれほど深く、希望がどんなに遠いか、この世界の見えない部分を倍音で描写していく。

 作者は、この小説における「闇」を、状況や生来の環境のほか、彼女・彼らが遭遇する周辺人物たちの描写で具体化している。印象深いのは、無自覚なハラスメントを行ってくる歪(ひず)んだ人間たち。自分の価値観を疑わず、こちらの四肢を絡めとり、頭を押さえつけ、能力の翼を●ごうとしてくる。それらの悪意は戯画化はされているから読み手をおびやかすものではないが、闇の沼から彼女・彼らが脱却しようともがくとき、そこは間違いなく日常という名の戦場で、限りある命の時間を精一杯、自分のことも愛しながら生きることの重要性が胸に迫ってくる。

 タイトルに接した時、最初は辞書通り「苦難や雌伏の時期が終わり、事態が好転する直前を指す」題だと感じた。だが読後、別のビジョンを抱いた。それは「ひとりの人間が、人生の中で迎えるいくつもの夜明け、その道程のはざま」。

 物語中の彼女・彼らも節目ごと夜明けを体験してきた。作家デビューした、恋人が出来た、結婚が決まったなど。けれど幸せは永遠じゃない、すぐに目先が翳(かげ)ってきてしまう。この小説はそういう現実をも直視している。たとえ夜明けがきてもゴールじゃない、その先も明滅しながら人生は続くと残酷に示唆する。それでも彼女・彼らは顔を上げて、いくつもの夜明けを渡りゆくのであろう。その姿に、自分の人生も少しだけ振り返り、痛みも愛したくなった。(ポプラ社、1870円)

読売新聞
2024年3月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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