『吉田松陰の生涯』
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<書評>『吉田松陰の生涯 猪突(ちょとつ)猛進の三〇年』米原謙 著
[レビュアー] 長山靖生(思想史家)
◆苦悩する思想家の実像
歴史上の人物の評価は時代とともに変化する。研究の進展からだけでなく、時代の価値観の変化も一因だ。そもそも松陰や松下村塾の評価は生前にも揺れており、罪人として忌避する者がいる一方、出世につながると接近する者もいた。
著者は、松陰をいたずらに顕彰も批判もせず、淡々と史料を突き合わせ、思索し行動し苦悩する松陰の実像に迫っていく。そこからかえって時代が、人々が、松陰に何を仮託したのかも見えてくる。
吉田松陰が傾倒した水戸学は本来、尊王と同時に武家政権の君臣秩序も重んじていた。しかし『孟子』に影響を受けた松陰はより先鋭化していく。また、民政の重要性を認識したものの、華夷思想を抜け出すことは生涯なかった。
米国艦隊に開国を強制された武士たちの屈辱と劣等感はサムライ魂を呼び覚まし、高揚するナショナリズムは、日本近代化の推進力になった。だがそれが破綻に至る戦争への道筋を用意したことも否めない。本書を読みながら、時代の制約の中で誠実に生きることの困難を思った。
(吉川弘文館・2200円)
1948年生まれ。元大阪大教授。『徳富蘇峰』『山川均』など。
◆もう一冊
『孟子(もうし) 全訳注』宇野精一の現代語訳(講談社学術文庫)。松陰の思想を理解するために。