『みんなのお墓』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
理解不能に奇妙で、目を背けたくなるほど下品。不協和音を奏でる作品世界
[レビュアー] 乗代雄介(作家)
複数の登場人物それぞれにスポットを当て、それが絡み合った全体として一つの状況や物語を示すような形式を群像劇といい、中でも、特定の場所を離れずに話が展開するものは、一九三二年の映画の名をとって〈グランド・ホテル形式〉と呼ばれる。この形式に主人公はいないが、登場人物たちをつなぐ場所自体が主人公だということもできるだろう。
そういう意味で、本書の主人公は「お墓」である。K市営共同墓地は地下道をくぐった先にあり、そばには斎場と精神科病院が建っている。そんな場所だから〈グランド・ホテル形式〉とまではいかないが、そこに出入りするような珍しい人々が織りなす群像劇になっている。
光ではなく暗がりに向かう虫のように墓地へ集まって来るのは、夫も子もいる露出癖のある女、妻に隠れてデリヘルに通う心臓の悪い男、四十代の引きこもり男、「進んで汚い物の中に飛びこんでいく」十九歳の女、といった面々だ。作者のこれまでの作品を読んでいるとそこまで珍しい気がしないのはともかく、彼らが墓地に引き寄せられるのは、無論、墓参りのためだけではない。
ただ、その事情や徐々に生まれる関係性は、彼ら自身にも、こうして書評する私にも説明しづらいものだ。学校や職場へ何の疑問もなく通うように、気付けば足が向いている。学校や職場で物語が生まれるように、墓地にも物語が生まれる。それは、人によっては理解不能なほど奇妙だったり、目を背けたくなるほど下品だったりする。
しかし、全ての物語はこの世界で同時に進行しているという事実を読者に突きつけるのが、群像劇という形式だ。K市が「この国のどこにでもある中途半端な町」と説明されるように、我々だって、いつどこで何がきっかけで墓地の物語に取り込まれるか、わかったものではない。そんな心構えをもって読みたい小説である。