イヤな出来事がありすぎる……共感すら拒否する稀有な読後感
[レビュアー] 乗代雄介(作家)
表題作の主人公はピアノ教師の田口琴音、三十二歳の独身女性だ。
話は、彼女が過ごすクリスマスイブが中心となる。クリスマスショーで伴奏の仕事、友人夫婦の家を訪問、夜行バスで彼氏の元へ、の三本立て。友人夫婦には七歳の子供がいて、せっかくのイブにほぼ知らない母の友人が来るのイヤすぎるなと思ってしまうが、そんな小さいことを気にするような読者では、先が思いやられるというものだ。
なぜなら、この小説では、年に何回かこういうことが起きるよなというレベルのイヤな出来事が、盆と正月とそれこそクリスマスが一度に来たかのように頻発するのだから。
ショーを共にする年配の女性歌手に慣れない車の運転を押しつけられ、いびられる。終わったかと思えば歌手からクレームが入ったらしく、その仕事を紹介した友人からの連絡が止まらない。しかもそいつは琴音に入るはずのお金からマージンとしていくらか抜いている。訪問先の友人の子供に地球儀を買っていったら同じ物の大きいやつが既にある。「すいませんじゃなくて、すみません」と伝えられる。急に妊娠を疑われる。
ただ、琴音の方でも自業自得だろと思わせるような言動を連発するせいで、読者の気持ちはどこにも寄り添えない。陰口がひどいし、高校時代の友人との出来事だってろくに覚えていない。正直言って、よくここまで色々な関係が続いてきたなと思うが、それでも彼女はイヤなこと続きに疲れた夜行バスで、また懲りずに別の友人に連絡する。
ところがその友人は亡くなっており、妹によって「アイスネルワイゼン」の挿話が与えられる。読者はこれがもたらす意味を琴音と共に考えたいと思うが、彼女はまたすぐにイヤなことの怒濤へ呑み込まれてしまうのだ。どうすることもできないがべつに罪悪感もない、大自然の崖が次々と崩落するのを見るような稀有な読後感だった。