『しっぽの殻破り』
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コンビで培ってきたネタ作りを昇華! 創りこみが職人的な芸人小説の傑作
[レビュアー] 乗代雄介(作家)
作者はジャルジャルというコンビで活躍するお笑い芸人である。ジャルジャルは2014年にYouTubeチャンネルを開設し、18年からはコント動画を毎日投稿しており、これを書いている時点でその数は2875本にのぼる。最新のタイトルは『肛門の写真を見せながらパスタ食べて美味しかったら“本物のパスタ確定”という持論もってる奴』だ。動画は「ネタのタネ」と称され、白い背景に必要なら椅子や机を置くだけのシンプルなセットと最低限の衣装で撮影される。そこで手応えのあったものを膨らませ、セットや衣装を加えて「本気ネタ」とすることもある。
お笑い芸人が小説を書くことはもはや珍しくないが、創作態度が職人的な芸人の小説はとりわけ気になる。『ロリータ』で有名なナボコフは、小説を書き始めるきっかけとなる場面や細部を「核」と呼び、それを包むようにして小説ができていくのだと語ったが、これはジャルジャルの「タネ」と全く同じなのである。
本書は、中高生向けの新聞に連載された小説を中心とする短編集だ。ちりばめられた「指の骨の音を廊下に響かせる女子」、「自分の人生をパンで肯定する奴」、「有給休暇を略した〈ゆうきゅう〉の〈きゅう〉は〈給〉か〈休〉か漫才」などの「タネ」を見ると、コンビで培ってきたネタ作りの術は、そこを離れた小説にも活かされているのだとわかる。
一方、妙な「タネ」を物語で包む手腕もなかなかのものだ。恥ずかしさ、情けなさ、明るさ、若い年頃に去来する様々な思いがどの話にも滲み、それが時を経てまた前向きに動き出す。中高生でなくとも親近感を持って読めるだろう。
中でも前述の「〈ゆうきゅう〉漫才」という「タネ」を甘酸っぱく咲かせた「バヒッビック」という一編には驚かされた。というのもこれ、作者がその漫才自体の面白さを信じていなければ成立しないストーリーなのだ。プロである。