大坂落城異聞 正史と稗史の狭間から 高橋敏 著

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大坂落城異聞 : 正史と稗史の狭間から

『大坂落城異聞 : 正史と稗史の狭間から』

著者
高橋, 敏, 1940-
出版社
岩波書店
ISBN
9784000610926
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

大坂落城異聞 正史と稗史の狭間から 高橋敏 著

[レビュアー] 渡邊大門(歴史学者)

◆逃亡・潜伏伝承の背景

 大坂の陣の顛末(てんまつ)は、主に一次史料(同時代の史料)に基づく「正史」と民間で語り継がれてきた「稗史(はいし)」で伝わったが、興味をそそられるのは「稗史」のほうであろう。豊臣秀頼と真田信繁が生き延びて薩摩国へ逃れていた、などの逃亡・潜伏伝承はその好例である。

 大坂の陣で敗者となった豊臣関係者の史料は残るべくもなく、多くは口伝や編纂(へんさん)物、軍記物語で再現された。本書では大野治房、豊臣国松(秀頼の子)などの伝承、大坂落城後の記憶と慰霊、いくつかの「稗史」の成立事情などを分析対象として、その背景や意味を探る。

 著者の手法は、一次史料により史実を丹念に探り、改めて口伝や編纂物、軍記物語の記述を精緻に分析し、その成立事情に迫るものだ。豊臣贔屓(びいき)の「稗史」を生み出したパワーは大坂の文化力であり、江戸に対抗するものであったという。

 幕府は勝利者の側から「正史」を編纂し、その批判こそ許さないが、「稗史」を弾圧せず黙認した。「稗史」は「正史」とともに共存し、人々は両者の棲(す)み分けを容認した。こうした精神構造が「江戸二百五十年」を支えた、と著者は指摘する。豊臣関係者の逃亡・潜伏伝承は「誤り」と一笑に付されるべきものではなく、それは人々の心の奥底に伏流したパワーが結実したものだった。文化史的な観点による大坂の陣もおもしろい。
 (岩波書店・3024円)

 <たかはし・さとし> 国立歴史民俗博物館名誉教授。著書『江戸の平和力』など。

◆もう1冊 

 渡邊大門著『大坂落城 戦国終焉の舞台』(角川選書)。浪人やキリシタン、商人に焦点を当てて大坂の陣を描く。

中日新聞 東京新聞
2016年5月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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