小説って一体なんなんだ!叫びたくなる奇怪な作品集
[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)
冒頭、書店で愛想よく声をかけられた客が、まんまとある本を買わされる。
店の外までついてくる、なれなれしい声の主は何者か、と読者が不審に思いはじめると、その声は「はじめまして! 今月創刊しました“月刊「小説」”というものです!」と名乗りをあげる。
突拍子もない設定とも思えるが、声の主が続けて述べる内容―近代の小説が難解になって一般読者から離れたことへの批判︱を読むと、「小説」がかくも軽薄に語ること自体、作者が周到に用いた工夫だと分かる。
この奇妙な文は、“月刊「小説」”の「創刊の辞」だと後に判明するのだが、そうした戦略的な軽さもリアリズムの深刻さを逃れられないというかのように、突然の交通事故によって「小説」の語りは中断されてしまう。
しかしこれは始まりにすぎない。「創刊の辞」における死亡事故に対し、筆者の「松波太郎」が実生活で目撃した交通事故を題材にしていると、傷ついた遺族から訴えられる。この裁判の模様が語られるなかで、松波太郎や淺川継太(実在の作家)の短篇小説が挿入され、しかも小説と裁判が途中から混同されはじめる。
いったい何が事実なのか、読者は出口のない迷宮をさまよう感覚を覚えるが、他方で現実に縛られた生活からの解放感も味わうことができる。混沌のなかに、小説の楽しみがあふれている。
皮肉なことに、裁判が急に結審したあと、「松波太郎」は孤独で寂しい旅に出る。その果てに彼は、言葉(音)と意味が調和する世界に到達するが、果たしてそこは小説の理想郷だろうか。本書に収められた他の三つの短篇では、むしろ言葉と意味がどうしようもなくズレてしまうことから作者はユーモアをくみ出している。ともあれ、誰よりも小説を愛する書き手による、才知あふれる作品集だ。