吉田修一『犯罪小説集』〈刊行記念インタビュー〉人間が犯罪者に興味を持つのは、自分と切り離せないところがあるからじゃないですか

インタビュー

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犯罪小説集

『犯罪小説集』

著者
吉田 修一 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041047385
発売日
2016/10/15
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

〈刊行記念インタビュー〉吉田修一『犯罪小説集』

お待たせしました。『悪人』『さよなら渓谷』『怒り』と犯罪小説の傑作を次々と世に送り出してきた吉田修一さんの待望の最新作が登場です。『犯罪小説集』というシンプルなタイトルに稀代の名手が込めた思いとは?

◇人間以外の視点で

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――五つの短篇それぞれがずっしりと重みがあって、少し時間をおかないと次が読めないほどでした。

吉田 でしょう?(笑)

――一篇一篇読み応えがありましたね。

吉田 ありがとうございます。書いたほうも書き応えがあったというか、一篇書き終わるごとにぐったりしていたんですよ。

――どれも犯罪を扱った短篇ですが、『犯罪小説集』というクラシックなタイトルはどのようにして決まったんですか? 『谷崎潤一郎犯罪小説集』を思い出しました。

吉田 編集者に実際にあった事件そのものを書くのではなく、あくまでヒントにした短篇を何作か書いて本にまとめたい、と提案したんです。そしたら、『犯罪小説集』ですね、といつの間にか決まっていた感じですね。もちろん、谷崎の犯罪小説集は知っていましたし、それも頭にあったんだと思いますけど。

――同時に「愛蔵版」も出版されますね。函入りの文芸作品というのも懐かしい。以前はよく見かけましたけど、最近では珍しいですね。

吉田 なぜ作ることになったのか、記憶が曖昧なんですよね。たしか、函入りの本ってかっこいいですよね、みたいな話を編集者としたことがあって、じゃあ、作りましょう、みたいなノリでした。

――小説が好きな人にはたまらないと思います。さて、一篇ずつお話をうかがいたいんですが、一篇目の「青田Y字路」。幼女が行方不明になるという痛ましい事件です。

吉田 実際の事件をヒントにした小説を、という話を編集者としたときに、たとえばこんな事件、と話したのが幼女誘拐事件でした。

――小学生の女の子が姿を消す。近所に長年住んでいる外国人母子がいて、嫌疑がかかる。さらに十年後……という物語です。

吉田 今回、そんなに物語には興味がなくて――いつもあまり興味ないですけど(笑)――とくにこのシリーズは興味がなくて。犯罪が起きた場所にいる人たちのことを書けば、自然と物語になると思いました。謎解きや犯人捜しには興味がなかったですね。

――興味があるのは事件に関わった人たち。

吉田 単純に、なんでこの人がこの場所にいるのか、ということを書いていけば、それで十分物語になるので、余計なストーリーは必要ないと思うんですね。そういう意味では、外国人が地方都市にいて、ブランド品のバッタもんを売っているというだけで一つの物語ですから、そこに余計なものは必要ないと思いました。

――たしかに事件を描くよりもまず、この場所を書こうとされています。祭りがあって、コミュニティのなかに気風のいいおじさんがいて、外国人が偽ブランドを売りにやってきてトラブルを起こす。このおじさんやY字路で最後に別れた親友、嫌疑をかけられる外国人の青年。いろいろな視点で描かれています。

吉田 「青田Y字路」に関して言うと、「時間」のことを考えていました。実際、ある誘拐事件があったY字路に行ったんですよ。事件があってから十何年が経っていて、なんていうか、時間が見えたんですよ。不審者に気をつけましょう、っていう看板がさびていたり。実際に杉の木があって、事件のときにもあったんだろうな、と。

 実は今回、書き方をチャレンジしていて、「青田Y字路」でいうと、まずY字路にある杉の木の視点で書き始めたんです。それをあとでぜんぶ人間の視点に置き換えて書いたんです。

――杉の木の視点を人間に置き換えるとは?

吉田 一度、途中まで杉の木の目線で書いて、あとで主語だけ人間に置き換えて、何ヶ所か杉の木の視点を残してるんです。そうすると気持ち悪くなるんですよ。距離とか、高さとかがヘンなんです。人間の視点じゃないので。それがほかにもできないかな、と試してみたんですが、いちばん不気味だったのが、「万屋善次郎」。最初に犬の目線で書き始めたんです。だから視点が低いんですよ。

――そうですか。なるほど。

吉田 犬目線で一度書いてから、人間のおばあちゃんの視点とかに変えているので、気持ち悪さが出てるんです。

――たしかに「万屋善次郎」に関しては、読んでいて「見えづらい」と思ったんです。

吉田 足下ばっかりだから。

――言われてみるとそうですね。全体像が見渡せない、圧迫感みたいなものがあって、怖さが募ってくる。

吉田 見上げる感じの視点になっているはずなんです。

――善次郎の事件は、限界集落で起きた大量殺人事件。閉鎖的なコミュニティで一度人間関係がこじれるとどうなるかが描かれています。ゾッとしました。

吉田 気持ちの中だけですけど、執筆中はしばらくあの村に住むわけじゃないですか。そこで感じたのは、伝わらないことのもどかしさでした。犬の視点で書こうと思ったのは、犬って言い訳ができないからなんです。言葉がしゃべれないから、伝えることができないんです。自分の言葉が伝わらない。それを突き詰めていくと、ああいう事件になるんだろうなと。

◇そこが腕の見せ所

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――実際にあった事件をヒントに、ということですが、どうやって選んだのでしょうか。

吉田 「青田Y字路」は僕が言い出しましたけど、それ以外は、だいたい編集者に選んでもらっているんですよ。自分でこの事件を書きたいというよりも、編集者から「こういう事件はどうですか」と投げられて、じゃあ、こうしようかな、という感じにしたんです。なぜかというと、自分が選ぶと、興味のあるものばかりになって、偏ってしまうから。今回はそれを避けたかったんです。

――なるほど。犯罪というと殺人事件を連想しますが、人が死なない犯罪もありますよね。「百家楽餓鬼」はマカオでバカラにハマって破滅していく大企業の経営者が主人公です。

吉田 編集者と話していて出てきたんですけど、元はといえば、マカオに行ったことがきっかけで(笑)。けっこう前なんですけど。

――じゃあ、マカオでギャンブルの世界を経験されているんですか。

吉田 バカラのルールも知らなかった。ギャンブルそのものはマカオでつきあい程度にはしましたけどね。

――ギャンブルの上客のために用意された、カジノのVIPルームの描写が印象に残りました。「高級リネンのベッドに寝転がって、誰にも気兼ねなく放屁するような、そんな贅と穢れが一緒くたになったような場所だった。」ありありと想像できました。

吉田 その部分を褒められたのはちょっと嬉しいですね。そこが小説家としては腕の見せ所で(笑)。

――有名な事件ほど世間に情報が出ているので、そこから離れて「創作」にするのは難しかったのでは、と思うのですが。

吉田 実際に事件のことを調べたり、資料を読んだりは一応したんですが、不思議なことにそっちには引っ張られなかったんです。ただ、物語に出てくる主人公たちが、肩の後ろあたりにずっといるわけですよ。その重みは感じましたけど、実際の事件に関しては、ほぼ遠慮なく、それほど意識せずに書きましたね。

――「百家楽餓鬼」は主人公が出ずっぱりですが、吉田さんとしては彼が破滅していくプロセスを観察している感じですか。

吉田 観察とかではないですね。呑み込まれちゃってる感じです。書いている間はその場所にいる感覚なので。

――バカラにハマっている主人公を監視カメラが見つめている。主人公も、監視カメラを見返す。その両方の視点が交錯しているとも感じました。

吉田 さっきの「視点」のことでいえば、「百家楽餓鬼」は監視カメラの視点で一度書いたんですよ。

◇犯罪者に惹かれる理由は

――「曼珠姫午睡」は、スナックで起きた殺人事件です。三角関係から、保険金をかけて殺す。その事件を、犯人のゆう子と小学校の同級生だった英里子の側から描いています。

吉田 「曼珠姫午睡」の前半はパソコンの視点。同級生が起こした事件についてフェイスブックで情報を集める。普通はこちらからあちら側を見ているという感じなんでしょうけど、その逆で、あちら側から、こちら側を見るとどうなるか。そうすると家の中が見えてくるんです。後半は監視カメラの視点。人が殺される現場を見ている唯一の視点ですね。

――現実には、何年かおきにあるような、ありふれた事件ですよね。

吉田 うろ覚えで、スナックで階段から突き飛ばされて死んだ事件があったよね、というところから始まったんですが、どの事件か特定できなかった。これかも、という事件のスナックを見には行きましたけど。

――スナックという舞台がまた犯罪と相性がいいというか。

吉田 スナックって小さな世界じゃないですか。そこでの恋愛関係は端から見たら何やってるんだろう、というものですよね。でもそこは舞台で、みんなが主人公。人間関係が大変なんだろうな、と思います。

――同級生の犯罪をパソコンを通じて知っていく英里子は、犯人のゆう子とは対照的に、恵まれた暮らしをしています。

吉田 ゆう子にはまったく興味はなかったんですよ。どういう人なのか、なんとなくわかるんです。わかる人には興味がない。そういう意味では、英里子のほうがわからなかった。だからそちら側になったんだと思います。

 英里子は、日常のなかで不満を感じつつ、破天荒な人生を送っている同級生を、あこがれってわけではないんだけど、少し馬鹿にした目で、でも興味を持って見ている。僕も英里子と同じようにゆう子の事件を見つつ、書いていくわけですけど、結果的には思っていたのとは違った。当初、思っていたほど不満があるというわけでもなく、かえって、不満がないのが不満くらいの感じなんだろうなと。最後の英里子の「……いるのよ。世の中には『普通の主婦』も」というセリフ。これに行き着いたんですよ。

――英里子もゆう子の犯罪について情報を集めていきますけど、犯罪が起きると、誰もが興味を持って報道をチェックしますよね。好奇心をそそる魅力がある。なぜ私たちは犯罪に惹かれるのでしょうか。

吉田 「白球白蛇伝」で、運送会社の社長の田所が、落ち目になっていく元プロ野球選手の早崎とつきあうようになるじゃないですか。あの感じだと思うんですけどね。ただ単に落ちていく人間を面白がるだけでは長続きしないと思うんです。

 人間が犯罪者に興味を持つのは、自分と切り離せないところがあるからじゃないですか。その心理は田所がちょっと近いかな、と思うんです。この人のことは自分にしかわからないんじゃないか。そこまでいくと、いろんな意味で切り捨てられないし、考えちゃうし、というところなんじゃないかな。

――あこがれからつきあい始めて、だんだん重くなっていく。でも縁が切れない。

吉田 何なんでしょうねえ。「青田Y字路」について言えば、書き終えてから、誘拐事件の裁判を傍聴したんですよ。言い方はヘンなんですけど、被告に引きつけられた。法廷に現われた被告が、スターって言っちゃマズいのかもしれないけど、「白球白蛇伝」の早崎みたいな、ヘンな魅力があったんです。もちろん負のオーラですが。

――「白球白蛇伝」は清原事件の前ですか?

吉田 書き終わった直後に捕まったんですよ。

――すごい偶然ですね。小説ってときどきそういうことがありますね。ところで、同じ犯罪を題材にしても、ノンフィクションは外側から事件に近づいていく。一方、小説は登場人物の内面を大胆に書くことができる。外側から、内側から、という違いがあると思うんですが、どう思われますか。

吉田 そうか。ノンフィクションだと外側からですもんね。小説は記者役、刑事役はいても、やはりその人の内側から書いているわけだから。

――『犯罪小説集』を読んでいると、事件のなかに入り込んでしまったような感覚に陥ります。『犯罪小説集』一篇一篇の重さは、犯罪で人生が狂った人たちの内面を、リアルに感じるからだと思うんです。

吉田 そう感じてもらえると嬉しいですね。『怒り』もそうですけど、僕が書いているのは誰かに調べられる側。誰かを調査するのではなく、調査される側で書いている気がします。

――調べられる側に立つということは、一種の憑依状態になるわけで、疲れますよね。

吉田 疲れますよ! ぐったりです(笑)。

吉田修一(よしだ・しゅういち)
1968年長崎県生まれ。97年「最後の息子」で文學界新人賞を受賞し作家デビュー。2002年『パレード』で山本周五郎賞、同年『パーク・ライフ』で芥川賞を受賞。07年『悪人』で毎日出版文化賞と大佛次郎賞を、10年『横道世之介』で柴田錬三郎賞を受賞。純文学からエンタテイメントまでジャンルの壁を軽々と跨ぎ、現代日本文学シーンを牽引する。14年に発表した犯罪小説『怒り』は、日本映画史に残る超豪華キャストで映画化されて大きな話題となっている。著書に『女たちは二度遊ぶ』『森は知っている』『橋を渡る』など多数。

取材・文=タカザワケンジ/撮影=ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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