『こちら葛飾区亀有公園前派出所 200』
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小杉幸一は『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の連載終了に心から感謝の言葉を贈る
[レビュアー] 小杉幸一(博報堂アートディレクター)
僕が「両津勘吉」に出会ったのは、小学六年生。所謂立派な人間の180度逆であり、そして誰よりも自由で人情味があるその男に、「ズギューン」と心を奪われたのを憶えている。中高時代は、自分の中で〈濡れてもいい漫画〉として、お風呂に入るときの常備品。僕のお風呂は常に、亀有公園前派出所の真横だった。そんな「両津勘吉」が主人公の秋本治氏の代表作『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が今年9月に、40年の連載に幕を閉じた。コミックはなんと200巻。これは、世界最高の発刊部数でギネス認定をされた偉業である。内容は至ってシンプル。警察官である両津が働く? 派出所での様々な人間関係を描く喜劇漫画である。個人的に好きな話は、「53巻浅草物語」。やんちゃだった両津の小学校時代の優等生の友達が、ヤクザとなって再び現れ両津が自首させる感動ストーリー。「59巻お化け煙突が消えた日」は、千住火力発電所の煙突がなくなる昭和39年、小学生の両津と初恋? の若い女性の先生との別れ話を描いた。他にも、本物の神様に喧嘩で勝ったり、人間ドックを受けた結果両津にしかない超強力抗体が発見されたり、また、コマの一部が小説となっていた回、1ページの上下三段に分かれてストーリーが進む回と、漫画で出来ることはすべてやっていると言っても過言ではない。さらに、ファミコンが発売された1982年の28巻では、「21世紀はすべてがコンピューターだ」「だから先を読んでTVゲームのプロになる」と発言し、そのことが今ネットでも話題になったりと、作者である秋本さんの想像力と構成力、整理力、そして先見の明には驚かされるばかりなのである。2009年には香取慎吾さん主演でドラマ化。僕はロゴデザインから、ポスター、グッズ制作までアートディレクションを担当。光栄な仕事に、ちびってしまうくらい興奮したのを憶えているが、それ以上に僕がつくったデザインモチーフを、その当時の最新巻カバーに取り込んでくれたことは天にも昇るような心地だった(泣)。一体、何がこの漫画のすごいところなのか。一言で言うと、それは〈時代の翻訳〉に他ならない。両津は、漫画の中の住民だが、確実にその時代その時代、読者と同じ時代に生きている日本人である。秋本さんは、そんな「両津勘吉」という翻訳家を通じて、時代に合わせて大切なもの、いらないもの、くだらないものなどを分かりやすく、面白く僕らに伝えてくれていたのだ。それが、ヒーローやアイドル、魔法使いや海賊といった突出したキャラクターでなく、単なるおまわりさん、さらにいうと、ださいおじさんが、ずっと僕らのそばにいてくれた理由なのである。作者の秋本さんは、実は両津の性格と真逆な方。競馬もパチンコもやらず、誠実な方。読者以上に、リアルな時代を自由に駆け抜ける両津勘吉が秋本さんのあこがれだったのかもしれない。「両津勘吉」を産んでくれてありがとう。お疲れ様でした秋本さん。「こち亀」は、《現代史》であり、過去にいつでも行ける《タイムマシン》なのだ。