『狐の飴売り』
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ずっと気になっていたのです――『狐の飴売り』刊行エッセイ 宮本紀子
[レビュアー] 宮本紀子
このたび、単行本としては三冊目となる『狐の飴売り 栄之助と大道芸人長屋の人々』を上梓することができました。ほっとしております。簡単に言ってしまえば、主人公である放蕩息子栄之助の成長物語です。が、実はずっと気になっていたことがありました。デビュー作が『雨宿り』なのですが、その中で、なんでもゆっくりな男を主人公にした第二話目「約束」があります。その話がずっと気になっておりました。一番愛しい主人公を死なせてしまった。なんと悲しい物語を書いたことか、と。でも物語は第一話「雨宿り」のスピンオフ(一話目より前の出来事)。結末を変えることはどうしても出来ませんでした。この「約束」は光栄なことに平成二十六年度の『代表作時代小説』に掲載していただきました。とても嬉しく、けどずっと気になり、この主人公から何か問われているように感じはじめました。そして思いました。いつかまた小説を書く機会を与えてもらえれば、またゆっくりとした男が出てくれば、今度はもっと違う形で描きたい、と。陳腐な言い方かもしれませんが、みんなで生きていく。そんなお話にできたらと。
今回は副題にもありますように、登場人物たちは主に大道芸人です。そしてその中に文太という男が姿を現してくれました。誰が強いわけでもない、誰が弱いわけでもない。互いに頼ったり、頼られたり。みんなで前を向いて生きていく。この『狐の飴売り』はそういう物語になったのではないかと思っています。
ほとんど男なので、男の話になると思いきや、男を描くということは女もしっかり描くということなのだとこの物語で改めて知りました。そして担当さんと話をしていて、これは母親の話であることにも気づかされました。いろんな母親が出てきます。これから母になる女も。
この物語が終わっても、登場人物たちの人生はこれからも続きます。みんながどうなっていくのか、作者である私自身も分かりません。本を手にとっていただき、みんなのこれからの人生を一緒に想像してもらえれば、こんなに幸せなことはありません。
どうぞよろしくお願いします。