【特集】佐伯泰英の世界 特別対談・佐伯泰英×角川春樹〈「鎌倉河岸捕物控」三十巻刊行記念〉

対談・鼎談

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嫁入り 鎌倉河岸捕物控(三十の巻)

『嫁入り 鎌倉河岸捕物控(三十の巻)』

著者
佐伯泰英 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758440837
発売日
2017/04/15
価格
759円(税込)

【特集】佐伯泰英の世界 特別対談・佐伯泰英×角川春樹〈「鎌倉河岸捕物控」三十巻刊行記念〉

■「鎌倉河岸」は常に新鮮な気持ちで書ける

佐伯 先ほど、時代小説には人生経験が反映されるとおっしゃったけど、そのとおり。僕は売れない作家だったからこそ書けたんだと思いますね。
角川 エネルギーも含めてね。精神的ユーモアがありながら、ハングリーでもあったと思う。
佐伯 三十歳で捕物帖が書けたら天才だと思う。僕なんて六十過ぎてからですよ。僕の本って、この「鎌倉河岸」もそうですが、奇妙な現象が起きるんです。一冊出ると出版社に「いつ次が出るの?」と電話がかかってくる。時代小説でなければ、こういう反応はないんじゃないかな。そして今でも政次の成長が見たい、亮吉の能天気ぶりが見たいと読んでくださる読者がいる。有り難いことです。以前、春樹さんにお会いしたとき、“どんな旬な作家も盛りは十年だよね”なんておっしゃった。僕としてはなんてこと言うんだと思ったけど、正しい。十年持つ作家はなかなかいないですね。
角川 生き残る作家の条件を問われても、一人ひとりバックグラウンドが違うから一概に言えることではない。だけど、一つだけ言えるとすれば、若くしてベストセラーを出した作家は不幸だなと。だんだんネタがなくなっていくんです。作家にはスタートダッシュ型と晩成型があるけど、晩成型であればあるほど芳醇な世界が描けるものです。
佐伯 本当に作家それぞれなんでしょう。僕の場合は、東京から熱海へと距離をおいたこと。孤独に耐えられたこと。作家の資質はなんだと問われれば、そう答えますね。

 * * *

角川春樹
角川春樹

角川 “パクス・ロマーナ”じゃないけれど、“パクス・江戸”も少しずつ変化している。その中で政次や彦四郎、亮吉といった登場人物たちがどうなっていくのかという読者の思いはいまだ尽きない。相変わらずの亮吉だっていずれは誰かと一緒になるんだろうけど。いや、それは作家にしかわからないことか。
佐伯 私にもわかりません。書く前はなんの計算もないというか、イメージもないんです。すべてパソコンの前に座ってからです。昨日の分を読み返してこんなことを書いていたのかと自分で驚くこともあります。また、多くのシリーズを手掛けさせてもらっていますが、中でもこの「鎌倉河岸」は常に新鮮な気持ちで書き続けることのできる稀有なシリーズでもあります。ただ、三十巻まで来ると、深刻な問題も出てくる。新たな読者が入りづらいのではないかと。
角川 そこは作家と話をしないとね。同じ主人公でも舞台を変えるとか、何か考えないととは思いますよ。しかし、この「鎌倉河岸」は文字を大きくするなどの新装版という形でもずいぶんと版を重ねてきていますが、そのたびに新たな読者が生まれています。
佐伯 あらゆるジャンルの中で、市場は広くないけど、潜在読者層というか固定の読者が一番多いのは時代小説分野なのではないですか。
角川 そう思います。シリーズの時代小説の良さというのは、たいていが各巻で完結していますから、どの巻から読んでも構わないというのがある。それが新たな読者をひきつけることにもなる。
佐伯 若い女性読者も増えていますしね。
角川 そう。だから、シリーズの長さだけが問題なのではない。そのうえで、編集者としてはやはり、このシリーズは何巻までにしておこうとか、ここで終わりだとか、全体のグランドデザインを考えなければならないわけです。
佐伯 それは春樹さんだからできること。私より若い編集者はなかなかそういうことは言ってくれないですよ。
角川 まぁ僕も七十五だし。現役の編集者として五十一年やってるわけで、俺くらいのポジションの人はいないでしょ(笑)。いずれにしろ、どこかで政次の息子に代がわりさせたいとは思っているけど、五十巻までは政次が主人公で行こうか。
佐伯 えっ、ちょっと待ってください。
角川 いや、それぐらいこれは良いシリーズだということですよ、息の長いね。
佐伯 あの春樹さん、お互い七十五歳なんですよ。そのことをお忘れなく(笑)。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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