熊本一小さな須恵村での調査

レビュー

4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

忘れられた人類学者(ジャパノロジスト)

『忘れられた人類学者(ジャパノロジスト)』

著者
田中 一彦 [著]
出版社
忘羊社
ジャンル
歴史・地理/伝記
ISBN
9784907902162
発売日
2017/02/20
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

熊本一小さな須恵村での調査

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 熊本県南部の球磨川流域に位置する須恵村(現・あさぎり町須恵)に、若いアメリカ人夫妻がやって来たのは昭和十(1935)年九月のこと。夫ジョン・エンブリーは二十七歳。妻エラは二十六歳。ジョンはトロント大学で社会人類学を学んでおり、高校生時代に、ロックフェラー財団の事務局長などを務めた父に連れられて来日した経験があった。エラは亡命ロシア人の娘として十歳で来日、日本語は堪能だった。夫妻はシカゴ大学から日本農村調査のために派遣され、日本各地の二十を超える村々を回りながら、調査地を探していた。当時の須恵村は、人口千六百人余りの、熊本県で一番小さな稲作の村。夫妻は、規模がフィールドワークに適当で、村人たちがオープンで親切だったこの村を調査地に定め、一軒家を借り、一年に亘る調査を始めた。

「はじあい」と呼ばれる協同システム、「組」の当番制、世話役「ぬしどり」の仕事、労働作業を貸し借りする「かったり」、濃密に交わされる贈答、といった村の構造から、男女関係、宗教意識にわたる広範な調査の成果は『日本の村 須恵村』(1939年刊)としてまとめられた。この本は人類学者による戦前唯一の日本農村調査として高い評価を受け、ルース・ベネディクトの日本論『菊と刀』の重要な参考文献となる。妻エラは堪能な日本語を駆使して、女たちの話を収集し、その膨大なフィールドノートを基に、戦後、『須恵村の女たち』という共著がまとめられる。特にエラにショックを与えたのは、露骨な猥談を好み、夫以外の男と性関係を持ち、公然と性器を見せ合うといった、村の女たちの性に関するあけすけな言動だった。

『須恵村』は、日本との開戦後、アメリカ政府の注目するところとなり、エンブリーは情報局勤務を命じられ、占領政策を研究した。しかし、戦後は、GHQのポストを固辞したという。それでも、彼の調査が占領政策に与えた影響は大きかった。GHQの農地改革調査団が何度も須恵村を訪れ、地主制度の解体を目指し、日本の農村構造を根本的に変えた農地改革法の参考にしていた事実がそれを物語っている。エンブリーは四十二歳で、交通事故で不慮の死を遂げたが、この若き人類学者が残した業績は、忘れ去られるにはあまりにも惜しい。

 著者は1947年生まれ。新聞記者を経て、2011年から三年間、単身移住して須恵の人々と生活を共にした。本書は、八十年前にエンブリー夫妻が経験した須恵と、今の人々の暮らしを通じて、戦後、村が失ったもの、失いつつあるもの、いまだ失われていないものを抽出し、書き残そうとする試みであると著者はいう。それにしても、大量の焼酎が振る舞われ、最後には卑猥な踊りが飛び出す大宴会の、なんと懐かしいことか。

新潮社 新潮45
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加