『劇場』
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又吉直樹 恋愛がわからないからこそ、書きたかった〈『劇場』刊行記念インタビュー〉
『劇場』を書き上げて
又吉直樹さん Photo (c) Shingo Wakagi
この小説が自分の中で大きすぎたので、書き上げた今はすごい解放感で、まだ変な感覚なんですけど、やっぱりうれしいですね。解放感がありすぎて、通常の〆切の焦りがなくなって、いま仕事がいろいろ遅れています(笑)。
『劇場』を書き始めたのは、2014年の夏頃でした。冒頭60枚くらいを書いて一旦原稿を置いて、そこから『火花』を書いて、その後またすぐ取り掛かりたかったんですけど、別の仕事もあったりして、それを落ち着かせながら並行して進めて、ようやく出来上がりました。
始めた時点では、まだ小説を書いたことがなかったので、一年の間に『劇場』と『火花』の二作を書けたらいいな、と思っていました。でも、『劇場』の冒頭を書いたところで、これは絶対一年では書き切れないな、と思って。どちらかというと『火花』は衝動的に書いた方がいいように思ったんですけど、こっちはもうすこし時間をかけてやりたかったので、そこで一旦止めたんです。
どうして演劇を書いたのか?
『火花』は漫才師の話なので、自分が知っている世界だったのに対して、『劇場』の演劇の世界は実際に知らないので、劇団関係者の方に話を聞いたり、個人的に取材させてもらったりしながら書いたので、どうしても時間が必要でした。
演劇を書こうと思ったのは、まず演劇そのものが好きだったのがあるんですけど、もうひとつは演劇に向き合っている人に興味があったんですね。お金儲けをしたくて演劇を始める人って、あまりいないじゃないですか。本当に好きじゃないとできない、その純粋さに惹かれました。
僕自身、神保町花月という吉本の劇場で台本を書いていたこともありますし、さらに遡ると6歳の時、父の誕生日に姉ふたりと3人で漫才を作ったことがあって、僕が言ったことを姉が紙に書いて、それを姉たちが父の前で読んだのがデビュー戦でした。「何がオモロイねん」って父には言われましたけど(笑)。
その後、小学校で「赤ずきんちゃん」を関西弁にしてみんなでやったら、父兄にすごいウケたんです。人前で何かをやってみんなが笑うのは気持ちいいんやなって。それは僕にとってすごく大きな体験でした。それで芸人になったんですけど、自分で考えたことをお客さんの前や劇場でやるのは、演劇も近いですよね。
演劇で食べていくのは実際かなり難しいし、医療関係の仕事でもないから、直接誰かの命に関わるわけでもないし、「なんでそんな大変なこと、苦しみながらやっているの?」「やめたらええやん」と思う人が多いかもしれないけど、僕は全然そう思っていなくて、ムチャクチャ意味があると思うんです。
同時に、周囲に理解されない状況で自分の好きなことに取り組むのは、ある意味すごく身勝手なことだったりもして、実際それに振り回される周りの人もいるんでね。僕が昔から好きなテーマのひとつに「誰も悪くないねんけど、なんとなくみんな苦しんでる」というのがあって(笑)。そういう人を見るとほっておけないし、たぶん自分がそういうタイプの人間なので、どうしたらええんやろな、という悩みどころでもあって、僕にとって書かずにはいられない重要な主題でした。