明文堂書店石川松任店「悪意の手記をめぐる傑作ミステリ」【書店員レビュー】

レビュー

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追憶のかけら

『追憶のかけら』

著者
貫井, 徳郎, 1968-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784167682026
価格
900円(税込)

書籍情報:openBD

明文堂書店石川松任店「悪意の手記をめぐる傑作ミステリ」【書店員レビュー】

[レビュアー] 明文堂書店石川松任店(書店員)

 大学講師の松嶋は、夫婦喧嘩がきっかけで実家に帰っていた妻を事故によって喪ってしまう。妻の父親である麻生教授は、松嶋が教鞭を振るっている明城学園大学の有力者である。そんな義父の家(妻の実家)に預けている娘の里菜の引き取り先を巡って関係が悪化している松嶋は、娘か職か、を選ばなければならない状態になりつつあった。状況的にも国文学者としての業績を必要としていた松嶋は奇妙な縁から、昭和二十年代に活動していた作家である佐脇依彦の未発表原稿を手に入れる。自殺した作家のその理由が克明に綴られた手記だというが……。そこから中篇小説くらいの分量を持つ佐脇依彦の手記が作中作として挿入される。
 悪意に満ちた手記をめぐる物語は二転三転し、やがて意外な真相を浮かび上がらせます。歪な動機は、すんなり腑に落ちるものではないですが、人間心理の不可解さを強く感じるようなものになっていて印象的です。しかし騙され続けた読者の前に現れるものは底知れぬ悪意だけではありません。丁寧な愛の軌跡や(他者への悪意に満ちた物語なのに……)それでも他者を信じたいという想いまでもが同時に浮かび上がるのです。最後まで読者を安心させない優れたミステリであることは間違いないのですが、同時に本書は死別した妻への想いが胸を打つ優れた恋愛小説とも言えるかもしれません。怖くて、切なくて、驚きに満ちた作品です。

トーハン e-hon
2017年5月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

トーハン

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