北村薫×宮部みゆき 対談「名短篇はここにある」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

対談・鼎談

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書籍情報:版元ドットコム

名短篇はここにある

収録時間なんと3時間! 北村薫さんと宮部みゆきさんが「小説新潮」創刊750号を記念して、二人の名作短篇ベスト12を選んだ貴重すぎる対談!

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編集部 小説新潮では今までにも何度か、大きな区切りの号で過去の名作短篇を振り返る企画をやってきました。これまでは編集部で選考してきたのですが、創刊750号の今回は視点を変えて眼利(めき)きのお二方に選んでいただくことにいたしました。

 まず編集部の方で、物故作家約五十人の掲載作品リストを作ってお二方にお渡しし、そこから気になる作品を挙げていただいたのが今日ここにある最終候補リストです。三十一作の中から、ご相談のうえ十作品を選んでいただき、誌面に掲載いたします。大変に手間も時間もかかる作業で恐縮ですが、楽しみにしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

北村 せっかくの機会ですから、現在は手に入りにくいものや、珍しい作品を選びたいですね。まずはお互いに一作ずつ推薦作を挙げて検討していくということで、よろしいでしょうか。

宮部 はい。よろしくお願いします。

 短篇作家林芙美子の力

北村 では私からは、林芙美子(ふみこ)の「下町(ダウン・タウン)」か「水仙」のどちらかを。宮部さんはどちらが良かったですか。

宮部 実は「骨」が一番良かったんです。

北村 いや、嬉(うれ)しいんですが、それは参考作品として入れたまでで小説新潮には掲載されていないんです(笑)。

宮部 あ、そうでしたね(笑)。うーん、この二つでしたら「水仙」を推したいと思います。これまで林芙美子はものすごく偉い女流作家で、私なんかが気軽に近づいちゃいけないと思ってたんですが、今回初めて短篇を読んでとても好きになりました。

北村 じゃあ、「水仙」を見ていきましょう。林芙美子は本当に描写のうまい人で、どの作品にも必ず「これはすごい」という箇所がある。たとえば「水仙」だと、「縁側を開けた。空が晴れ渡っていた。黒い畑地に湯気が舞い立っているように、ぽかぽかと暖い」など、いかにも、実感がありますよね。

宮部 「ぽかぽか」とか「べろり」「さめざめ」「ずんずん」とか、すごくあっさり擬音を使っていますね。私自身も好きでよく使うんですが、一般的には文章が安っぽくなるから使っちゃいけないって言われますでしょう。でも、これも使い方次第なんだなと痛感しました。

北村 「たまえの干した軒先きの赤い下着が、柿の皮をむいたようによじれて吊りさがっていた」というのもうまい。作家とは、こういう表現がふっと浮かんでくるものなんですね、宮部先生。

宮部 いえいえ、それはどうでしょうか、北村教授(笑)。とても現代的なおかしな母子の話で、言葉遣いを変えれば今だって成立する話ですよね。母子なんだけれど妙に色っぽい。「ママが俺と別れたいと云うのなら別れてもいいよ。だけど、今日からすぐってわけにはゆかないね。――俺だって栄子のところへ相談に行かなくちゃならないし、簡単にはゆかないよ」なんて、本妻に向かって愛人の話をしているような調子でしょう。それこそ、柿の皮のように干された下着みたいに、関係がよじれている。これが昭和二十四年に書かれているということがショックでした。

北村 林芙美子といえば『浮雲』『放浪記』に代表される長篇作家と思われていますが、実は先日亡くなられた吉村昭先生は、短篇作家としての林芙美子を非常に高く評価しているんですね。特に宮部さんもお好きな「骨」がいいとおっしゃっています。それで「骨」を参考作品に挙げたわけですが。

宮部 わあ、嬉しい!

北村 吉村先生の講演テープを持ってきましたので、かけていただけますか?

(吉村昭氏の講演を聞く)

 吉村先生も林芙美子の優れた描写力に言及していますね。それができるのは彼女が若いころ詩を書いていたからだ、彼女が詩人だからだ、とおっしゃっている。

宮部 ただ、恐れ多くも吉村先生に異論を申しあげるなら、詩人じゃなくても優れた小説家は、イメージを喚起(かんき)する言葉をみつけてくるのがうまいですよね。

北村 残念なのは、これほどの人が今はあまり……新潮文庫の傑作選も絶版ですし、改めて宮部みゆき選で一冊出していただきたい(笑)。

宮部 「骨」と「下町」を続けて読むのもすごく面白いですよ。両方とも男女の話ですけれど、「骨」で女が無情に身を落としていった後に「下町」を読むと救われるようで。でも男をあっさり死なせちゃうんですよね。「トラックが河へまっさかさまに落ちて、運転手もろとも死んでしまったのだと教えてくれた」。これだけなんです。なにか……。

北村 ハードボイルドですよ。

宮部 ハードボイルドですね。本当にすごい作家だと思います。

新潮社 小説新潮
2006年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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