芥川賞“決め球”作品もなし… 今月の文芸誌

レビュー

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“決め球”作品の投入もなく、甘―く選んでも2作品

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


文學界 2017年12月号

 下半期の芥川賞候補は7月号から12月号までの掲載作品が対象となる。各文芸誌、12月号には決め球を投入してくるはずなのだが、作品数が少なく、出来もよろしくない。この欄では3作品を取り上げるのを目安にしているのだけれど、今回は基準を甘ーくしても2作しか選べなかった。

 前田司郎「愛が挟み撃ち」(文學界)は200枚という枚数からしてあからさまに芥川賞を狙っている。

 36歳になった京子と40歳になる俊介の夫婦は妊活に励んでいたが、俊介の無精子症が発覚する。子供を渇望する俊介は人工授精を提案する。それも、共通の古い知人である水口から精子をもらおうというのだ。

 本題はむしろ、俊介と水口、京子らの若い頃の関係、自主映画と演劇、恋愛をめぐる人間模様と、過去が現在に及ぼす影を描くところにある。水口は実はゲイで俊介を愛していたが俊介は気づかなかった。俊介への当て付けに水口は京子と付き合い、水口への当て付けに京子は俊介との結婚を選んだという歪んだ三角関係に、彼らはあったのである。

 水口は脚本家志望で才気から一目置かれていたが作品を残せなかった。何も残さない天才という造形と、同性愛者を介入させた三角関係が本作の肝だが、どちらもステロタイプであって、そうした設定に対する批評性を認められるか否かが評価の分かれ目となるだろう。評者は不十分に感じるが、芥川賞をとっても別に不思議には思わない。


すばる 2017年12月号

 ふくだももこ「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」(すばる)は、昨年すばる文学賞佳作を受賞した新人作家の受賞第一作。ふくだは映画監督でもある。地方都市のショッピングモールを舞台に、その土地で暮らす女子高生である「私」と、東京からの闖入者である男子・伊尾との関係を描く。青春小説として悪くはないのだが、セックスはするが恋人未満である、はじめてのキスが恋の本当の始まりにして別れの予感でもあるという関係性の持たせ方がどうにも陳腐だ。ブルーハーツ、郊外のショッピングモールというモチーフにも目新しさがない。

新潮社 週刊新潮
2017年12月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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