朱野帰子×はあちゅう・対談 働き方の正解はどこにある?〈『わたし、定時で帰ります。』刊行記念〉

対談・鼎談

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わたし、定時で帰ります。

『わたし、定時で帰ります。』

著者
朱野 帰子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103516415
発売日
2018/03/30
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

〈『わたし、定時で帰ります。』刊行記念対談〉朱野帰子×はあちゅう/働き方の正解はどこにある?

[文] 新潮社

はあちゅう×朱野帰子
はあちゅう×朱野帰子

絶対に残業しない会社員を主人公に据えた、新しいタイプのお仕事小説の誕生。刊行にあたり、悩み多き会社員生活を経験した二人が語り合う、仕事の裏側、赤裸々な本音。

 ***

朱野 今回はある会社を舞台にしたお仕事小説を書いたのですが、はあちゅうさんもお勤めだった時代があるんですよね?

はあちゅう 私は新卒で広告代理店の電通に入って、中部支社に勤務して、その後東京の本社でコピーライターの仕事をしてました。

朱野 私は最初の会社で、マーケティングリサーチャーとプランナーのような業務についていたので、電通さんとも間接的に仕事したことありますよ。

はあちゅう そうなんですね。私のいたクリエーティブ局は広告の制作現場のど真ん中なので、深夜までの残業があったり、効率とは正反対の世界でした。コピーを1本考えるのに100本、200本出したり、粘れば粘るほどいいものができるという考え方の人がまだまだ多いですし。生産性は度外視されていましたね。

朱野 クリエイティブな世界は効率的に仕事をするという概念がそもそもあるのかどうか分からないですよね。

はあちゅう 今は変わってきているんですけれど、深夜まで働く人がかっこいいみたいな風潮が残っていました。時には早朝の4時まで作業が続いたり。人の気持ちを動かす仕事なので、関係者同士の絆を深めるという意味で、クライアントさんや上の人との飲み会が朝まであったりもしました。

朱野 時代は違いますが、うちの父の働き方を思い出します。明け方帰って来て、10時に起きて会社に行ってました。ほぼ家にいない。

はあちゅう うちの父もそういえば同じような働き方でした。商社に勤めていたんですけれど、深夜まで家に帰ってこなくて。それがあったので私、小学生の頃から、社会人になったら会社にいじめられるような働き方をするんだなあって。働くこととか、仕事に対しての拒否感を強く持っていた気がします。

朱野帰子
朱野帰子

朱野 私も父の背中を見て、私も将来ああいう風に働かなきゃいけないんだ、と強迫観念のようなものを感じていました。うちの父の世代は一つの会社に一生を捧げる人が多かったですが、はあちゅうさんは、電通の後に他の会社に移られたんですよね。

はあちゅう 転職して、ベンチャー企業のメディアの編集長をやった後、新規事業の立ち上げをやりました。

朱野 どんなきっかけで転職されたんですか。

はあちゅう たまたま次に行くことになる会社の社長が、「うちに入らない?」とオファーしてくれたんです。それを聞いて、私の人生にこんな選択肢があるんだって、すごく視界が開けた気がして。それまではあまりにも小さい枠の中で自分の将来を見ていたんですよね。他の会社に行く以前に、そもそも会社を辞めるという選択肢があるんだと気づいて、未来がパーンと開けた感じがしたんです。

朱野 きっと次の会社でもお忙しかったのではないでしょうか。

はあちゅう 24時間仕事に捧げてました。ただ、ベンチャーでは全て自分の責任で挑戦させてもらえたので、その分、やったことが全部自分に返って来る感じでした。会社に所属している限りは100%自分の思い通りになるということはないですが、それでも、自分と仕事の距離が近くなった気がしましたね。

朱野 自分でコントロールして仕事をしているような感じですか。

はあちゅう そうですね。やらされている感も薄くなったし、その作業をしたら何につながるか分かりやすかったです。お客さんからの反応がダイレクトに自分の評価になるというか。「ありがとう」と言って下さる声が聞きやすい位置にいられたので、それがすごくよかったんだと思います。大企業にいた時は自分の仕事が何になっているのかがよく分からなかったんです。

朱野 会社という組織にいると、自分が出した案が色んな所に回されて、色んな人の意見が付いて返ってきて、全ての人を立てないと次に進めなかったりしますよね。自分がコントロールできる範囲以外のことが多かったのを覚えています。

はあちゅう 上のOKが出ないと何もさせてもらえない状況になったりしますよね。どんな組織でも同じですが、会社にいる限りは働き方の感覚が違う人とも一緒に働かなければいけないのも難しいと感じていました。

朱野 私のいた会社はそこまで激務ではなかったんですが、朝いつ来るか分からない、夜いつ帰るか分からない社長を中心に回っていました。残業代が出ないのでいつまで会社にいればいいか分からない。私自身もダラダラ仕事をするようになってしまって、社長が帰ってくるまではネットを見ていたり、どうせ夜まで会社にいるんだったら、この仕事は外に行って遊んでから戻ってきてやろうと思ったり。この小説で言うと、吾妻くんみたいな働き方をしてました。

はあちゅう 会社には、すごく早く終わらせて帰る人や、遅くまでダラダラ仕事をする人など、色々なタイプの人がいますよね。一緒に仕事をしていると、自分が全く引っ張られないというのは無理で。何であの人はこんなに早く帰っちゃうんだろうと思ったり、逆に自分が早く帰りたい時は、何であんなに遅くまでやるんだろう、先に帰ってくれなきゃ帰れないと思ったり。どうしても影響を受けてしまいますよね。

朱野 ただ、じゃあ、どの働き方が善なのかっていうと、すごく難しいですよね。仕事が大好きな晃太郎というキャラクターが出て来るんですが、彼みたいに仕事=自己実現なタイプって実際にいるじゃないですか。そういう人が会社にいる場合、どこまでその仕事の仕方に付き合うかは難しいなと思っています。その人は自分が好きな働き方をしているだけなんだけど、会社はチームワークですからね。

はあちゅう
はあちゅう

はあちゅう そうなんですよね。猛烈に働く人がいると、別にその人は何も言わないのに、緩やかにやっている自分が責められているような気持ちになるというか。自分の働き方をこの人は見下しているんじゃないかと疑心暗鬼になっちゃうから、チームで働くのは本当に難しいなと思います。

朱野 晃太郎のような人は心のどこかに空白というか、満たされないものがあるんじゃないかと想像して書いていました。例えば、小さい頃から全然褒められなかったのに、初めて褒められたのが仕事だったとか。だとしたら、会社の制度を整えて定時で帰りやすくしたとしても、働く人の心が変わらないとなかなか難しいのかもしれません。

はあちゅう 会社の仕組みに人の気持ちが追いつかないことはありますよね。上司がいくら「帰っていいよ」と言ってくれていても、先輩がみんな残っている中で何となく自分だけ帰りづらかったり、他の人が忙しいのに何で私は時間が空いているんだろうと不安になったりするのは身に覚えがあります。新人時代は定時に帰るのにすごく罪悪感があったので、何にもやることがなくても意味もなく『広告年鑑』を写経したりとか、ネットサーフィンをしたりとか、仕事がある風に振る舞っていました。

朱野 私も会社員時代の社畜体質がいまだに染みついていて、フリーになってからも抜けていないです。会社を離れて自由になったはずが、どうしたら多くの人に読んでもらえるか考え過ぎて、昔よりも自分を追い込んでいたり……。

はあちゅう フリーだと、あまりオンとオフという感覚がなくなって、ずっと自分の人生が続いている感じですもんね。

朱野 会社員でもそうですが、特にフリーの仕事をしていて人間関係が狭くなったりすると、心も悪くなっていきがちですよね。自分に厳しくなる余り、周りの人がちょっとずるしているように見えて、気になってしまったり。

はあちゅう うまくやっている人がずるしているように見えて気になっちゃうのは分かります。

朱野 周りのせいで私は苦しいんだと世界が全部敵みたいに思えてきた時もありました。ある日、これはまずいと思って、4時間ぐらい休みをもらって子どもを預け、科学館に行ったんです。深海の映像を15分間何も考えずにぼーっと見て、やっと我に返ったというか。

はあちゅう そういう時間は大事ですね。

朱野 はあちゅうさんが最近出された『サク旅』で提案しているみたいに、1泊2日で旅行に行くのも良いですよね。気持ちに余裕がない時こそ、1泊2日でどこかへ行って帰ってくるだけでも全然違うと思うんです。

はあちゅう あと、私は出来る限り本を読んだり、映画やテレビを見たりするようにしてます。インプットの時間はすごく気晴らしになりますね。アウトプットだけしていると自分の中がスカスカになっちゃった感じがするんですが、インプットしていると満たされる感じがして気持ちが和らいで来ます。新しい知識を得た時とか、初めてのコンテンツに触れることが楽しいので、そこでチャージしてアウトプットすることを繰り返してます。

朱野 はあちゅうさんはエネルギーの総量が多いですよね。ご自分で意識的にエネルギーを生み出しているように見えます。お忙しいのに小説も書かれていたりして、すごい。『通りすがりのあなた』を読ませていただきましたが、とても面白かったです。

はあちゅう ありがとうございます。嬉しいです。でも、朱野さんが仰ったように小説を書くのって苦しいですね。小説を書いていると、別に締め切りがなくてもずっと気持ちが忙しいモードになってしまいます。

朱野 私が煮詰まっていた時は、小説家としてやっていかなければと思うあまり、休んではいけないと考えてしまっていました。でも、24時間体制で書いてもいいものができるとは限らない。もしかしたら休まないのは自分への言い訳なのかなと思ったりもします。これだけ働いてダメだったんだからダメでも仕方ないと言えるじゃないですか。

はあちゅう 私も、本当は休んだ方がいいものが出てくるかもしれないと思ったり、休んでいると本当はこの時間を使って書かなきゃいけないんじゃないかと思ったりして、ずっと気持ちが行ったり来たり。まだ揺れながら働いています。

朱野 結構悩まれているんですね。

はあちゅう 自分の人生とか、やらなきゃいけないことから逃げているんじゃないかという後ろめたさがあるんです。これは、いつ消えるんだろう、一生消えないんじゃないかという気持ちと戦っています。まだまだ正解が分からないです。

朱野 私も何が正解なのか分からないからこそ、この小説を書いたのかもしれません。お互い、ずっと探し続けることで理想に近づいていけたらいいですね。

新潮社 波
2018年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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