四人の青春が終わりを告げる――人気シリーズ、堂々完結。

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流れの勘蔵 鎌倉河岸捕物控(三十二の巻)

『流れの勘蔵 鎌倉河岸捕物控(三十二の巻)』

著者
佐伯泰英 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758441568
発売日
2018/04/12
価格
759円(税込)

四人の青春が終わりを告げる――人気シリーズ、堂々完結。

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 人気シリーズの幕引きほど、難しいものはない。作者にとっては、大切に育てた世界。出版社にとっては、確実に儲かる商品。なかなかシリーズを完結させる気になれないのは、当然のことといえるだろう。
 だが、そこに大きな落とし穴がある。漫画に顕著だが、人気があるゆえに新たな設定や人物を加えて連載を続けるうちに、内容がグダグダになり、結局、取ってつけたような最終回を迎える作品がある。きっちりと終わらせれば名作になった作品が、駄作へと堕してしまった例は少なくない。物語の内容を吟味し、終わらせるべき時に完結させるのも、一流の創作者の証明となっているのである。
 文庫書き下ろし時代小説で、それをやってのけているのが佐伯泰英だ。「密命」「夏目影二郎始末旅」「居眠り磐音 江戸双紙」「交代寄合伊那衆異聞」など、幾つもの人気シリーズを、見事に完結させているのである。そして今、またひとつ人気シリーズが終わりを迎えた。「鎌倉河岸捕物控」シリーズが、第三十二巻となる『流れの勘蔵』で、ついに完結したのである。かつて『「鎌倉河岸捕物控」読本』に収録されたインタビューで、

「連作をいつどこで完結させなきゃならないという理由はどこにもないんですね、読者の方が望まれて、僕が書き続ける体力があれば、それなりに書いていけるだろうと思うし。だって捕物帳というのは生来そんなもんかなと」

 と語っていた作者が、いかなるピリオドを打ったのか。ドキドキしながら、本を開こうではないか。
 前作『島抜けの女』で、押込み強盗一味に刺され、瀕死の重傷を負った亮吉。なんとか本復に向かい、金座裏で養生することになった。また、お菊と夫婦になることを決めたようで、政次たちもほっと一息だ。そんな金座裏に、懇意にしている板橋宿の御用聞き・女男松の仁左親分が訪ねてきた。板橋宿で三件のかどわかし事件を起こした一味が、江戸に潜入したらしいというのだ。一件目では、対象の娘と一緒に小女まで攫い、さらには小女を惨殺したような凶賊だ。そこに北町奉行所定廻り同心の寺坂毅一郎が現れ、凶賊の正体が女賊・お熊一味らしいこと、呉服屋「京屋」の十歳になる娘の香保が狙われているようだということ、幕府が新たに作ろうとしている探索方「八州方」(二年後に発足する八州廻りの、前段階の組織という設定が興味深い)も事件を追っていることを知らされる。
 金座裏で一番若い弥一を「京屋」に送り込み、香保の護衛に付けた政次。ところが他の店の娘が攫われ、一千両が奪われた。さまざまな手掛かりを手繰りながら、政次たちはお熊一味に迫っていく。
 一方、当代豊島屋十右衛門の京都での祝言に参加した、金座裏九代目の宗五郎たちは、江戸への帰路にあった。東海道の風景を女房たちと共に楽しむ宗五郎は、やがてある決意を固める。
 江戸の有名な御用聞き・金座裏の宗五郎の跡取りとなり、若親分として活躍する政次。その政次の女房となり、今では一子の母であるしほ。船宿綱定の船頭をしている彦四郎。幼馴染の政次に、ひそかなコンプレックスを感じながら、金座裏の手先をしている亮吉。本書の後書きで作者も触れているが、シリーズの根底にあるテーマは、この四人の“青春グラフティ”である。鎌倉河岸の大人たちに見守られながら、それぞれに成長していく若者たちの姿を、捕物帳の面白さと共に描いたところに、シリーズの魅力があった。
 とはいえ、政次・彦四郎・しほの三人は、すでに大人になっている。最後に残ったのが亮吉だ。どこか未熟なところのあった亮吉だが、ようやく三人に追いつけそうだ。彼も、大人になったのだ。これで政次たちの青春は、本当に終わりを告げた。完結に相応しい内容なのだ。
 もちろん他の三人の肖像も見逃せない。堂々たる若親分ぶりで、みんなを指揮する政次。良妻賢母として金座裏を支えるしほ。要所で手助けをする彦四郎。それぞれの立場で、出来ることを尽くす四人が、気持ちのいい読みどころになっているのである。
 そして宗五郎のサイドから本書を見ると、シリーズの別の面が見えてくる。再びインタビューから引用するが、作者は宗五郎について、

「金座裏の宗五郎親分は古町町人、江戸町人の代表格、家康の関東入封以来、江戸を束ねる選良の一人ですよね。鎌倉河岸界隈には、江戸町年寄樽屋藤左衛門、奈良屋市右衛門、喜多村彦右衛門も拝領屋敷を構えている。そんな背景からいっても、この物語の要、キーパーソンかな、宗五郎は」

 といっている。そう、まさに宗五郎はキーパーソンなのだ。金座裏にいるときはもちろん存在感を発揮している。江戸を留守にすれば、親分がいなくても立派にやっていけるようになったと、政次たちの成長を実感させてくれる。別に隠れているわけではないが、宗五郎こそが、陰の主人公といっていい。
 だから東海道を下る、のんびりした道中で、宗五郎が隠居を意識すると、読んでいるこちらがドキリとさせられる。金座裏に帰ってきて、政次に跡目を譲るシーンでは、来るべきものが来たという思いが深まる。そして理解するのだ。本シリーズが“ゆずり葉”の物語でもあったことを。
 ちなみに“ゆずり葉”は、春に出た若芽に場所を譲るように、前年の葉が落ちることから、このように呼ばれている。四人の青春を見届けた宗五郎が、彼らが大人になったことで隠居する。宗五郎の行動は、ゆずり葉そのもの。本シリーズの、ベストな幕引きといっていい。さすがは佐伯泰英。シリーズの終わらせ方も、素晴らしいのである。
 でも、これで政次たちに会えなくなるのは悲しい。できれば新シリーズで、ネクスト・ジェネレーションを書いてくれないだろうか。たとえば、十五歳だが幼い風貌で、小僧にしか見えない金座裏一番の若手の弥一。十歳にしては敏い香保と、いいコンビになりそうだ。かつて、宗五郎たち鎌倉河岸の大人の背中を見ながら成長した政次たち。その背中を、今度は、弥一や香保が見ながら成長していく。そんな新シリーズを期待しているのである。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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