『短歌と俳句の五十番勝負』
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〈『短歌と俳句の五十番勝負』刊行記念トークイベント〉穂村弘×堀本裕樹/対決! 短歌と俳句公開勝負
[文] 新潮社
荒木経惟「挿入」
穂村 「挿入」、難しい題です。
堀本 僕から読みます。
挿入歌奏づるごとく若葉風
穂村 ちくわの穴にチーズ挿入したものを教卓に置き みんなで待った
堀本 おもろいですね。
――勝負! 俳句42、短歌37。
穂村 挿入歌なんてずるくないですか。逃げていません?
堀本 アラーキーの「挿入」で性的なことに引っ張られるのがいやだったので、他に言葉を探しました。
穂村 挿入歌は、ポピュラーな言葉だし、これはお題の恩寵があると思うんだけど、ナチュラルに作り続けていると、意外なことが書けなくなってきますよね。むちゃな題が出て、何とかしなきゃというのが非常事態宣言みたいな感じで、思いがけない言葉が出てくることがある。
堀本 そうですね。恩寵を感じます。
穂村 これ、すごくいい句だと思います。
堀本 勝負しているのに褒めていただける嬉しさ……穂村さんの歌、これもすごく面白い発想です。
穂村 これは実話で、小学校のときに、給食にちくわとチーズが出て、誰かがそれを挿入して教卓に置いて担任の先生を待った。そのときの緊張感とときめきを覚えていて、わくわくしながら待ったんですが、先生はそれを見て激怒して、泣いて帰ってしまって、みんなすごくびっくりして。まさかそんなことに……
堀本 ……なるとは思わなかった。
穂村 未来ってやはりわからないな、と思った、その時。まさか、そんな激烈な反応があるとは。僕のイメージでは、「何だこれ、パクン」みたいに食べちゃったりするんじゃないか、なんて勝手に思っていたので。
堀本 楽観的な見方ですね。
穂村 それで大人になってから、立食パーティーとか行ったら、我々が創作した、ちくわチーズがあるんですよ。
堀本 先駆けだったんですね。
穂村 他にもいろんなものがちくわの穴を利用して挿入されている。しかも上品な立食パーティーで。
堀本 今でも、そういうのを見たら思い出しますか、その先生のこと。
穂村 泣いたからね。先生が泣くとショック受けちゃうね、子供は。
堀本 インパクト強いですね。
穂村 でも、負けました。
――会場に手を挙げているかたが。
参加者 穂村さんにお伺いしたかったのですが、いまのちくわの歌で一文字あけているのは、何か意図とかあったのかな、と。
穂村 これは、みんなで、先生が来るまでドキドキしながら見つめた、その時間、ですよね。それをこの一拍で出せたら、ということです。
堀本 このスペースで、そういう時間性、ドキドキ感を出している。
穂村 短歌も俳句もだけれど、短いから、一連の出来事のどこを切り取るかで、個性が出ると思うんです。自分にとっては、「先生はどうなるんだろう」という、そのときめきがメインですから、一字あけて、みんなでそれを待ったことを書いています。短詩型は一種のトリミングが常に必要です。堀本さん、俳句には何かセオリーがありますか。
堀本 特にセオリーはないと思いますが、やはり俳句は省略の文芸なので、読み手に想像してもらう部分が、さらに多いですよね。
柳家喬太郎「舞台」
穂村 次は柳家喬太郎さんのお題、「舞台」。
堀本 船虫に舞台度胸のなかりけり
穂村 まっくらな舞台の上にひとひらの今ごろ降ってくる紙吹雪
堀本 ありますね、こういう風景。この歌、すごく好きです。この時間性がいいんですよね。本来落ちるべき時間に落ちてこなくて、今ごろ、ひらひら落ちてくるという、そこの時間差に美しさがある……穂村さんの美意識というか、世界観を感じるんです。好きな歌です。
穂村 本当は落ちてはいけないときに落ちてくると、はっとしません? 舞台はやっぱり特殊空間だから。
堀本 仮想の世界観ができているからちょっとしたことでも、あっと思っちゃう。そういう緊張感がある。
穂村 台詞を噛むのだって、日常ではよくあることだけど、舞台ではそうじゃないから。タイミング芸術ですからね。
堀本 この歌、いいですね。
穂村 この句は、船虫に舞台度胸っていうのが最初読んだとき、おかしくて。たぶん石とかをパッと上げると、その下にいる船虫が、ぱーっと一気に物凄い速さで逃げて、堂々としているやつは一匹もいない、ということですよね。
堀本 もうちょっと度胸があってもいいんじゃないの、と。
穂村 生存戦略がそうなっている。さっき我々が忍者の格好で外を歩いていたら、みんな目を合わせない。
堀本 目を背けられました、二人の少女に。子供は忍者がいたら、絶対見ちゃうものだと思いませんか?
穂村 いま、いかに世界がヤバいか、わかりますよね。生存戦略がスキルアップしていて。
堀本 完璧に本物のヤバい人かなって思われたのかもしれない。
穂村 この格好で、新潮社のトイレに行く途中、会議をしている部屋の前を通ると、「天誅!」なんて、躍りこんで行きたくなった――あれは、何だろうね。
堀本 面白い経験ですよね。ぼくらも舞台度胸がないのかもしれない。
――勝負! 短歌52、俳句26。