燃え殻×成田名璃子・対談〈『咲見庵三姉妹の失恋』刊行記念〉

対談・鼎談

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咲見庵三姉妹の失恋

『咲見庵三姉妹の失恋』

著者
成田 名璃子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101214511
発売日
2018/05/29
価格
605円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

〈『咲見庵三姉妹の失恋』刊行記念対談〉燃え殻×成田名璃子/小説は炎上しない!

[文] 新潮社

「失恋」をめぐる解釈

成田 SNSで書かれてたからかどうかはわからないんですが、燃え殻さんの文章って、ものすごくそぎ落とされて整えられてる感じがしますよね。

燃え殻 そうですね、本にするときも編集者と「この表現で絵が浮かんでくるかな」とか相談しながらかなり直しました。

成田 それで思いが行間に託されているような作品になったんですね。私、燃え殻さんの彼女が本当は何を思ってたのか、ずっとそればかり考えて読んでました。

燃え殻 ぼく自身、あの頃の彼女がどんなことを考えてたのか、正直いまでもちゃんとわかっていないんですよ。


(なりた・なりこ) 1975年青森県生れ。2011年作家デビュー。’15年刊行された『東京すみっこごはん』がヒット。他の著作に『グランドスカイ』など。

成田 彼女が燃え殻さんに「キミは大丈夫だよ、おもしろいもん」って言ってくれるじゃないですか。あのセリフには、「キミはおもしろいけど、私は違う」っていう切ない気持ちが込められてたと思うんです。彼女のほうが燃え殻さんにすでにフラれているような気持ちでいたんじゃないかって。

燃え殻 なるほど。ぼく、初対面の読者の女の人に「彼女はきっとこうだったのよ」って教えてもらうことが多いんですよ。自分が書いた本の感想で女性のことを学んでるという不思議なスパイラルで。もっと早く知っていれば(笑)。

成田 最後まで「わからない」という立場で書いていたから、読者もいろんな解釈を膨ませるんでしょうね。

燃え殻 解釈といえば、『咲見庵~』のなかで、長女の不倫相手が、奥さんには「星がきれいだよ」とメールしてて、同時に長女には「疲れたよ」と送ってるって知る場面。「おれ、これめっちゃわかる」って思ったんですよ。

成田 え、恋人としてはショックだと思うんですが……。

燃え殻 これは、奥さんと恋人のどちらを大切にしているか、ってことじゃなくて、「この人にはロマンチックなことを言いたい」「この人には本音を伝えたい」と使い分けてるだけなんです。

成田 なるほど、男の人の解釈だなあ。

燃え殻 両方の相手とうまくやっているおれ、ってところでプライドを満たしてる部分もあると思う。身に覚えがあるおれもダメな人間なんですけど(笑)。

成田 この場面にだけ実体験が反映されてるかも。私、元カレに二股をかけられていたことをメールで知ってしまい……。

燃え殻 そうだったんですか。

成田 彼のお父さんも紹介してもらったんですけど、「似てないなあ」と思ってたら、その人が実はレンタル家族の業者さんで! その発注メールを見て二股が発覚したんですよね。これ、そのまま小説にすると嘘っぽいですよね(笑)。

燃え殻 手が込んだ二股だなあ(笑)。でも、小説より小説らしい現実ってありますよね。『ボクたちは~』の彼女との別れも、実際にはいきなり「あんたとは今日が最終回だから」って言われたんです。「渋谷の西武の角を曲がったら、もう一生会わないから」って。

成田 ええ!? カッコよすぎる。

燃え殻 先に行けって言われて歩き始めたけど、いやで進めなくなっちゃったんです。そしたら、後ろから泣き声が聞こえてきて。振り向いたら彼女が体育座りでわんわん泣いてた。

成田 切ない……。魂が呼び合った二人の別れ、という感じがします。

燃え殻 あれも、彼女の「カッコつけたい欲」だったのかな。「カッコ悪い私とあんただったけど、この別れ方はカッコよかったよね」って。

ボクたちは書くことで大人になれた

成田 小説のタイトルと違って、作品を読んでも実際にお会いしても、燃え殻さんって「大人」だなあ、という印象です。

燃え殻 そんなことないですよ(笑)。

成田 今日だって初対面なのに、いろいろ話して下さって。

燃え殻 もともとぼくは人見知りで、大根仁さんとのトークショーのとき、あまりに緊張しすぎて具合が悪くなったほどですよ。事前の新聞記者の取材で、死にそうになりながら「好きな人が……サイババが……」とか答えてて(笑)。本を出して環境がめまぐるしく変わっていくなかで、大丈夫になってきました。

燃え殻さん
(もえがら) 1973年生れ。Twitterでの抒情的なつぶやきが人気となり、ウェブで連載した小説デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』が話題を呼ぶ。

成田 私も、書くことでようやく人間に近づいた気がします。もともと広告業界にいたんですけど、リーマンショックで暇になって、小説教室に通い始めたんです。書き始めてようやく、それまで虚無だった自分に、文字が流れ込んで満たされる感じがして。

燃え殻 虚無って……おれより絶望してましたね(笑)。でも、広告業界とかぼくが働いているテレビ業界って忙しすぎて、未来のこととか過去のこととかを考えるヒマがないんですよね。自分が空っぽに思えるって気持ちはよくわかる。

成田 書くことがリハビリみたいになってたのかも(笑)。燃え殻さんもTwitterに書き始めた時、同じ状態だったんじゃないかな、と思ってました。

燃え殻 自分のことや世の中のことが、書くことでなんとなく少しずつわかってきたような感じはありましたね。いまだにわからないことだらけだけど。

成田 彼女のこととか、「わからない」ものに向き合い続けて、曖昧なものを曖昧なままにしておけるって、人間の容量が大きい大人だからできることですよ。

燃え殻 わからないものが好きなんですよね。ぼく、物事に「答え」があるっていうのは嘘だと思っていて。人間はつねに進化の途中にいるし、感情だって日によって変わっていくし。

成田 まさに諸行無常ですよね。細胞が毎日入れ替わってるぐらいですからね。

燃え殻 ブレないのが正しい、って考え方は楽しくないですよね。ぼくなんて、昔のツイートを掘り起こされて「前と言ってることが違う」とか言われたりするけど、違うのが当たり前だよ(笑)。自分の夢だったり、好きなものだったり、考え方だったりが変わっていくからこそ、人って飽きずに生きていけるんじゃないかって思うんですよね。

成田 その通りだと思います。

燃え殻 成田さんの作品もそうで、登場人物もみんなそれぞれ揺れ動きまくってるじゃないですか。だからこそ面白いし、読者が場面場面の登場人物の気持ちに寄り添えるんじゃないかな。

成田 作者のほうも登場人物に振り回されながら書いてるんですが、書くことを飽きずに続けられるのはそれが楽しいからなのかもしれませんね。

新潮社 波
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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