【聞きたい。】永井義男さん 『不便ですてきな江戸の町』
[文] 三保谷浩輝
■タイムスリップしてみたら…
「タイムスリップで江戸時代に行って、江戸で1週間生活するにはどうしたらいいか」
本書は江戸風俗研究家、時代小説家の永井義男さんが長年の蓄積を生かしたシミュレーション小説で、「今までの仕事で一番楽しかったかも」と振り返る。
古文書解読講座の講師、会沢竜真は受講者の島辺国広から、江戸時代にタイムスリップできるワームホールの存在を聞く。2人は文政8(1825)年の江戸へのタイムトラベルを決意し、準備を始める。
この準備編がまず興味深い。たとえば、着物や柳行李、煙管などの小道具、貨幣も現代では「骨董品(こっとうひん)」。「一番単位の低い一文銭もコインショップで買うと一枚50~100円だったりする。小説の2人は最低限の準備でも300万円以上かかる計算。うかつにタイムスリップはできません」
その2人は、約200年前の江戸で呉服屋の当主、大奥お女中、吉原遊女、裏長屋の住人らと交流し、江戸の文化、風俗を体感していくが、その実態は…。
〈洗練とはほど遠い蕎麦(そば)〉〈江戸のタクシー“駕籠(かご)”は拷問?〉〈新鮮が売りじゃなかった江戸前寿司(すし)〉〈今なら淫行の吉原遊び〉〈長屋はロフト付き1K、バス・トイレなし〉
「町はきれいで、豊かで人々はグルメだったとか、江戸を美化する風潮もあるが、実際は貧しく、衛生面、食の安全などに幻滅や落胆することも多いはず」
それでも、落胆を上回る江戸の魅力もある。
「開放的だった文化・風俗、厳しさもあったが、忠義の精神にあふれ、パワハラも考えられなかった身分制のよさ、人情も厚かったと思いますね」
物語の行方はさておき、タイムトラベルするとしたら、どの時代へ?
「やはり江戸、吉原(遊郭)でしょう。本当に浮世絵のように華やかだったのか、見てみたい」
ぜひ、お供に-。(柏書房・1600円+税)
三保谷浩輝
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【プロフィル】永井義男
ながい・よしお 昭和24年、福岡県生まれ。東京外大卒。平成9年、『算学奇人伝』で開高健賞。時代小説、江戸に関する著作は100を超える。