「ゲッベルスと私」 ナチス宣伝相の秘書だった老女の告白

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ゲッベルスと私

『ゲッベルスと私』

著者
ブルンヒルデ・ポムゼル [著]/トーレ・D. ハンゼン [著]/石田 勇治 [監修]/森内 薫 [訳]/赤坂 桃子 [訳]
出版社
紀伊國屋書店出版部
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784314011600
発売日
2018/06/21
価格
2,090円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ナチス宣伝相の秘書だった 100歳を超える老女の“真実”

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 二〇一三年、百歳を超える老女がナチス宣伝相の秘書をしていた体験を語った。三十時間に及んだインタビューの一部は映像化され、残りが解説付きで本書にまとまった。私は映画で彼女の風貌に圧倒され、本書では語りの率直さに引き込まれた。

 ブルンヒルデ・ポムゼルは、優秀な速記タイピストだった。責任感が強く、仕事熱心。それを買われて国営放送局に入り、その後、ゲッベルスがトップを務める宣伝省に異動になる。給料は上がり、使い切れないほどの金額が転がり込む。彼女は政治に無関心な、いい生活に憧れ努力するふつうの女の子だった。

「(宣伝省は)身なりの良い人ばかりで、みんな親切だった。あのときの私はほんとうに浅はかだったのね。とても─愚かだったわ」

 非難するのはたやすいが、留意すべきなのは、彼女が生きたのはホロコーストの事実がまだ明るみにでていない過去の時代だったということだ。宣伝省にいたとはいえ、知りえたことはわずかで、大虐殺を知ったのもソ連の収容所から解放された戦後五年たってのことだった。

 ゲッベルスの演説に大衆が熱狂した有名な集会に彼女は立ち会っており、描写には臨場感がある。一人の男が「小さな炎のよう」に演説し、それに人々が異常に熱狂するさまは「何かの自然現象のようだった」。

 人間の内部にも竜巻や津波と同じような制御できないエネルギーが潜んでいるという事実。彼女はそのことに大きな衝撃を受けるものの、「なんとかそれと折り合いをつけてしまった」。

 ユダヤ人差別は「ナチスがあとで発明したようなものだった」という言葉も重い。それまでは違いを意識したことはなかった。差別の対象を「発明」することで、ナチスは第一次大戦の敗戦で鬱屈していた大衆のエネルギーを解放するのに成功したのである。彼女の言葉はどれも他人事として遠ざけるのはむずかしい。特にいまのような時代には。

新潮社 週刊新潮
2018年9月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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