母には認知症の症状が現れた。仕事と介護に翻弄されるアラフォー長女の奮闘記! 阿川佐和子【刊行記念インタビュー】

インタビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ことことこーこ

『ことことこーこ』

著者
阿川 佐和子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041071014
発売日
2018/09/28
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【刊行記念インタビュー】『ことことこーこ』阿川佐和子


三年前に亡くなった作家の父・阿川弘之氏との思い出や介護の日々を綴った『強父論』や、高齢者医療の専門医との共著『看る力 アガワ流介護入門』など、すでに介護生活の著書をお持ちの阿川佐和子さん。現在も、ご兄弟とともに、認知症のお母様の介護を担っています。そんな阿川さんが、ついに介護と家族をテーマにした小説『ことことこーこ』を出版。実際の経験が、執筆にどんなふうに活かされたのか、うかがってみました。

介護における、リアルな「あるある」がふんだんに

――『ことことこーこ』には、母親の身辺の世話に奔走しつつ、人生や仕事に悩む三十八歳のバツイチ、佐藤香子の日常がユーモラスに描かれています。思わず笑ってしまうような場面もたくさんありますね?

阿川 介護小説は、それがひとつのジャンルを形成しそうなくらい、書く作家が増えてきましたよね。私自身がまだそれほど介護に足を突っ込んでなかったころには「現実を見たくない」という気持ちもあったし、同時に「こんなふうになりたくない」と考えさせられるような壮絶な作品が多かった気がします。でも、自分が実際に介護と関わり、その経験が増えるにつれ、介護って暗いことばかりではないなと感じたんです。それで、明るい介護小説を書けないものだろうかと編集者に相談したんですね。介護を経験したことがある人にも、これから経験する人にも、「あるある」「ありそう」と共感してもらえるようなものにしたいなと思いました。

――阿川さんは、ご家族の介護を始めてどのくらいになりますか?

阿川 母のことを思えば、八年くらいかなと思っていたんですけれど、考えてみたら、十二、三年経っています。“介護”という名目で最初に体を動かし始めたのは、今年百九歳か、百十歳になる広島の伯母を看るようになったころからですね。様子を見に行ったり、施設を探したり、私ひとりで背負ったわけではないけれど、何度、新幹線で通ったことか。そうこうしてるうちに母が倒れて、父が続いて……。

――香子の介護には、阿川さんご自身の経験に重なる部分があるんですか?

阿川 自分の話だけでなく、友人の経験なども含め、介護をめぐって見聞きしたことをいろいろ織り込みました。言ったことを覚えていないとか、ものを溜め込むようになるとか、短い期間にあちこち移動すると混乱をきたす、というのも特徴ですね。でもそれは認知症の高齢者に限らず、私たちもあるでしょう? 仕事で地方のホテルに泊まった翌朝、「ん? ここはどこだ?」となったり。あの混乱がもう少し重症になったと考えれば、九十歳にもなったら、わけがわからなくなるのは無理もないだろうなと思うんです。

――香子は、母・琴子の認知症が地滑りしていく状況を心配していますが、弟の岳人はどこか冷静です。介護についての温度差があるように描かれていますね?

阿川 たぶん、女が介護しようとすると、まず目の前の問題をひとつずつ解決しようとするんですよね。けれど、男は長期的視野で「病院に入れる時期が来たな」とか「近所に引っ越させた方がいいよ」とか、一足飛びに合理的結論を出したがる傾向がある。うちの兄弟はかなりうまくいっている方だと思うんですが、それでも多少の齟齬はありますよ。自分の弟には、「あんたのことやあんたの奥さんのことを書いたわけじゃないからね」と予防線を張っておきました(笑)。

――作中で、父親の晋が香子や岳人に向かって憤然と〈母さんは呆けた〉と三回言い放つ場面があります。琴子が認知症かもとは思っているんですよね。

阿川 あの晋のセリフは、父が言った言葉そのものです。突然、子どもに向かって宣言したんです。我が家で、父もそうだったし、もうひとりの弟もそうなんだけど、男性は「どうにか治らないのか」と考えるらしい。まだ初期なら、努力すれば、元に戻るはずだと。妻が、母親が、壊れていくのを見たくないんだと思います。だから必死に学習させようとする。怒鳴って叱りつけるのね。「もう一度やってみなさい」「さっきやったこと、思い出して」。私だって初期の頃はなんとか治らないかと思いましたもの。でも、学習は無理なんですよ。そう納得するのに、時間が掛かるんですよね。

――香子は、フードコーディネーターの仕事が軌道に乗りかけているところで、どう介護と両立させていくかに心を痛めています。いわば仕事を取るか親を取るか、人生の転機でもあるわけですが……。

阿川 誰しもがいつか直面する問題ですよね。私も、全部辞めてしまうことはないにせよ、家でできる仕事だけに絞ったりできないだろうかとか考えました。でも、すぐに「自分のこの性格じゃ無理だな」と翻意しました。そんなことをしたらいずれ自分が壊れるな、と思ったんです。

――香子も、介護のために半ば開店休業状態に陥っても「できることをやっておこう」となんとか仕事を踏ん張りますね。

阿川 世話になった親のために、一切の仕事を辞めて滅私奉公しよう。それが育ててもらった者の責務である。そういう心情はよくわかるけれど、大概の場合、それを選んだ人は破綻していますね。収入も、自分の逃げ道も、ストレス発散の場所も、何もかもがなくなってしまい、それと並行して、親がどんどん壊れていくのを見なければいけないのが介護です。うちの母の場合はとても明るいし、まだラクな方ですけれど、もし愛を傾けている相手から全部突っぱねられるような、壮絶、悲惨以外の何物でもないケア生活だったとしたら、まず感情的に疲れてしまうでしょうね。

母と娘、介護で変わる関係、変わらない関係

――本書の中でとても印象的だったのが、ある騒動のあと、香子と琴子がふたりでいなり寿司を作り、縁側に並んで昼下がりのお花見をするシーンです。琴子が香子に話す、庭の桜の木をめぐる思い出話に、母が娘を思う気持ちが凝縮されていてぐっと来ました。

阿川 それはうれしい。あれは私のまったくの創作です。香子も、初めて聞いた家族のエピソードにいい心持ちになります。でも、琴子が香子に理路整然と話せる時間は長く続かないのよね。すぐにまた、一度した話を何度も繰り返して、香子は苦笑いするしかなくなるんですが(笑)。

――琴子は、認知症が進んでも、母らしさを失わず、娘を愛しているんだということが伝わってきます。そこも、読んでいて希望を感じた点です。

阿川 本当に母はずっと母の心を失わないのか。実際には、もう母に聞いてもわからないし、想像でしかないんですけれどね。ときどき私のことを「姉」と呼んだかと思えば、ふっと「私の娘」だとわかることもある。わけがわからなくなる時間が増えていく中で、たまにしゃきっとして、「疲れてるなら寝てなさい」と言ったり、布団の中に潜り込んでみると「よしよし」と頭を撫でてくれたり。たぶん、子どものころの母娘の関係が、記憶のどこかに残っているんだろうと私は思っているんです。

――大体において、面倒を見る側と世話される側が親子で逆転していますが……。

阿川 ときどき元の関係に戻してみると、刺激にもなっていいかもしれませんね。確かに、介護する側がされる側に「危ないから!」と注意する場面は増えるけれど、根本的に、彼、彼女らは本当の子どもとは違うんです。ケアする側の都合で「はい、あなたは介護何ランクです」と、子ども返りしたボケたおじいさんおばあさんとしてまるで抽出しに仕分けするように分類する方が扱いやすいのはわかるけれど、八十年九十年生きてきた履歴のある人間だということを忘れてはいけない。手のかかることではありますが、他者への尊厳を、介護する側はいつも心に留めておかなくてはいけないとも思います。

――香子が琴子の残していたメモを見つける場面も切なかったです。

阿川 あれは、母がそうでした。こんな時期があったのねと、びっくりでした。「徘徊するのにも理由があるんです」と言った人がいて。認知症の人も徘徊の人もみんな、少なくなった記憶力で懸命に精一杯「これを言いたい、あそこへ行きたい」と思っている。けれど体力的、記憶力的にその通り動けないから、傍から見たら、わけのわからない行動に映るんでしょう。琴子の行動にも理由があるんだったら、その歯がゆさを描写できないものかと。それで琴子の語りのパートを入れました。

――介護は暗い面ばかりフィーチャーされますが、イライラすることがあっても、母の琴子と一緒に笑い合う時間を大切にする香子の姿に元気をもらう読者は多そうです。

阿川 漫才でいうところの、ほんとのボケなんですもん(笑)。いま、母はボケながらでも会話は成立し、自分を認識しています。けれど、もうそういうことができなくなる日が必ず来るんですよね。そう思うと、介護もいまのうちにやっておかなくちゃ終わっちゃうぞと思うこともある。現実的には、介護って本当に千差万別だから、こんなに甘っちょろいもんじゃないと言われるかもしれません。実際、親が認知症になるというのは悲しいことです。でも笑顔になれることもたくさんある。だったらそこでできるだけ楽しもうぜと言いたいですね。

 * * *

阿川佐和子(あがわ・さわこ)
1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。99年に檀ふみ氏との往復エッセイ『ああ言えばこう食う』で講談社エッセイ賞、2000年『ウメ子』で坪田譲治文学賞、08年『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。12年に刊行した新書『聞く力 心をひらく35のヒント』は170万部を突破する大ベストセラーに。14年、菊池寛賞受賞。

取材・文=三浦天紗子 撮影=ホンゴユウジ イラスト=木野聡子

KADOKAWA 本の旅人
2018年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • このエントリーをはてなブックマークに追加